人生の最後に思い出したいシーン

亡くなった夫は是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』が好きだった。死んだ後、生前に体験した思い出を一つだけ再体験できるという映画で、夫とは、まだ彼が元気で病気になるなんてまったく思っていなかった頃から、思い出すならどのシーンだろうという話をお酒を飲みながらよくした。

長らくわたしのナンバーワンだったシーンは、まだ夫と結婚する前、彼がウクレレでアメージンググレースを弾いてくれたことであった。その日、我々は静かに別れ話をして、互いに今日で会うのは最後だと決めた。その後にどういう経緯で彼がウクレレを弾くことになったのかは思い出せないのだが、ウクレレの独特の音色と自分の心境がぴったりと重なって、心に染みた。暑い夏の午後で、開け放った窓から、通りを走る車の音が聞こえたことまで思い出せる。

その後、紆余曲折あって我々は再会して結婚した。そのために、あの日のアメージンググレースはナンバーワンに思い出したいことというほどの重みはなくなった。

結婚後にわたしの思い出したいシーン、ナンバーワンの座に着いたのは、夫と二人で波待ちをして浮かんでいた海で、ドンと大きな花火が花開いた瞬間だ。

鎌倉花火大会の花火。その日、花火大会があることは我々の頭になかったので、海の上で見ることになったのはちょっとしたサプライズだった。空はまだピンク色で、その色を受けて海もピンクに染まっていて、耳元からはちゃぷちゃぷと水の音がして、この世のものとは思えないほど美しい時間であった。

夫が亡くなってからしばらくは、彼の人生最後の一日が、わたしがもう一度体験したいことのナンバーワンとなった。その日いろいろあって、夕方になって、「もし今日が最後の一日だとしたら映画になるくらい美しいわ」と思った瞬間に、「あ、これが最後の一日だったんだ」と気付いた。いや、わかった。なにせ美学がある人だったので、そういう、かっこいい最後を実行する人だ、と。

その後も、何かあれば、「このシーンも思い出したいシーンの候補だな」と時折思っていたものだが、ここ最近はすっかり忘れていた。忘れていたことを思い出したのは夫の命日が近いからかもしれない。

あくまでもわたしは、だけど、「これは思い出したいシーンだな」という瞬間のの数が多いほど、人生は豊かになると思う。

別に毎日にいちいちドラマチックなイベントがある必要はない。ただ、感性を研ぎすませていればいい。今日の太陽、海の表情、風の香り、友だちとのチャット、相方の体温や匂い…日々の、当たり前の、小さな出来事にいちいち意識的でありたい。そうすると、思い出したいシーンは結構たくさん見つかるものだ。

2 Comments on “人生の最後に思い出したいシーン”

  1. Fayさん初めまして
    上手く言葉に出来ないのですが、心に染みました
    考え方がとても素敵です
    私も日常の何気ないひとときを大事にして生きることを心がけています

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    • Rinoさん、はじめまして。
      ご丁寧にコメントくださって、とってもうれしかったです。
      ありがとうございます!

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