全然ときめいている物に囲まれていなかった話

ちまたで話題のコンマリ・メソッドでクローゼットを整理した。「ときめく」か、「ときめかない」かだけで仕分けしていき、ときめかないものはさようならするというシンプルな作業なのだが、なんとクローゼットの半分くらいの服とさようならすることになった。

これまでこんなにもときめかない服に埋もれていたとは! その自覚がなかったことに驚くし、がっかりもした。かなり日常のさまざまなことを見直していたつもりだが灯台下暗し…。

実際の作業はただひたすら「ときめく」か、「ときめかない」か、で感覚的に進めていったのだけど、終わってから考えてみると、さようならすることになった服たちと手元に残すことになった服たちには一定の法則があることがわかった。

いずれの服も「衝動買い」で買ったものがかなりあるけれど、さようならする服の場合は、まずだいたい試着しないで買っていた。衝動買いだったけど残すことになった服は全部確実に試着していて、試着した上で「これだ!」となったものであった。

また、衝動買いでなく買ったものはほとんどさようならする服に含まれていた。わたしが衝動買いでなく服を買うのは、だいたいパーティーがあるとか、特別なイベントの前に必要に迫られて買ったものだ。

さようならしたものの中にはこの2、3年に買ったばかりの物も結構あって反省した。今後はこんな無駄なことをしないよう、その物に本当にときめいたから買いたいのか、ただの渇望感でなんでも買いたい気持ちになっているだけなのか、そもそも買うときにもう少し確認するようにしようと思う。そして、試着は必須。人間だってハグしたらすぐにぴったりくるかわかるもの、洋服も同じだ。

空いたクローゼットを埋めるためにさっそくショッピングに出かけたけれども、ときめくものはビーチサンダルだけだった。

本当にときめくものだけに囲まれるように、日々、こつこつと吟味して整理整頓していったら、自分のいる場所は今とは変わるような気がする。「いる場所」というのは、物理的な意味はなく比喩的な表現ですが。

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