どうしたって日本人

思いがけない出会いがあって、にわかにTai Chi、太極拳にハマっている。

クラスに通うようになって気がついたことがひとつある。それは、東洋の思想なり伝統なりをベースにした場は自分にとってひどく居心地がよいということだ。

居心地がいいのは、東洋の思想なり伝統なりは感覚的にわかるから、というだけではない。その場にいるのは、アメリカ人であれ、その他外国から来た人であれ、東洋の思想なり伝統なりに興味がある人で、リスペクトがある人だとわかるから、日本人の私は、日本人丸出しで、日本人らしくしていても受け入れられるという安心感があるのだ。

逆に言うと、これまで、アメリカという国になじもうと、アメリカ人たちの中に入ろうと、アメリカ文化に合わせようと、結構無理をしていたんだなと気づいたとも言える。

いや、なじもう、合わせようとするだけならいい。たぶん、どこかで「(アジア人だからって、日本人だからって)バカにされないようにしよう」という気持ちがあったんじゃないかな。だから、なじもう、合わせようというだけでなく、自分を隠して、違う自分になろうとしていた気がする。

前に出ることなく、隅の方でただニコニコしている、いい人そうだけど楽しんでいるんだかいないんだか、何を考えているんだかわからない気味の悪い日本人って思われたくなくてだいぶがんばっていた。

でも、昨日、太極拳のクラスの帰りに、ふと、「そんな私でいいじゃん」と思えた。静かで何を考えているかわからなくても、フレンドリーに自ら話しかけてくることはなくても、ちゃんと自分を持っている人であれば、それはそれでかっこいいじゃんと。

Mt. Fuji by Fay

以前、取材させていただいた、アメリカで活躍する画家、藤田理麻さんの話を思い出した。幼い頃、ニューヨークで暮らして、友達がほしくて皆と同じようになりたくてがんばったのにどうしてもなじめなかったが、ある日「日本人であることは自分の資産なんだ」と気づいて日本人である自分を受け入れてふるまうようになったらむしろ友達がどんどんできたという話。

日本にいると日本人であることが当たり前でそんなこと考えもしなかったけれど。私がアメリカにいながらして日本人であることを心底受け入れたとき、また流れが変わり始めるんだろう。

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