200ドルと美容院

美容院でカットとカラーをしてもらい、チップを入れたら支払い合計が200ドルを越えて、おっとなった。ざっくり計算すれば日本円で2万円くらい。美容院でこのぐらいの額を使うのは5年前、日本を飛び立つとき以来だなと。

渡米は一人で、研修ビザを取ってきた。研修だからお給料は日本の新卒社員くらい、あるいはそれ以下だった。もちろんそれを承知で来たので文句はない。ただ、その給料の2/3は家賃に消える暮らしで、貯金を切り崩して生活していたので、必要最低限のもの以外にかけるお金はなかった。

髪とか洋服はもっとも最初に節約するエリアで、美容院へはアジア系の安いサロンに半年に1回通えばいいほう。ほとんど自分で切っていた。それが、5年経って、また再び美容院で200ドルを気兼ねなく支払える日がくるとは。そこにちょっと感動して、しみじみしてしまった。

そもそも渡米直後はクレジットカードも作れなかった。日本ではどんなに優秀なクレジットカード利用者でも、アメリカにおける信用は蓄積されていないから、いちから信用を作り直しなのだ。車のローンだって対応してくれないローン会社がいたり、対応してくれても割りが悪かったり、いちいちめげることの連続だった。

留学などで大学生としてやってきて、そのままアメリカに残ったような世代であれば、「まあそんなものかな」ともうちょっと柔軟に受け止められる気がする。でも40歳だったわたしは、日本ではそこそこ信用を築き、人並みに生きていた自負があったので、アメリカで突然、人並みの生活ができなくなり、どこで何をしても「自分は何者でもない」と改めて思わされることは、なかなか打ちひしがれる経験であった。

でも、おかげで、ああ、わたしは何者でもないんだな、と40代で振り出しに戻れたのは、わたし自身にとってはいいことだったと思う。

日本でがんばってきた名刺の肩書きは、ところ変わればなんの威力もない。なにか威力を発揮できるとしたら、いまのこのわたし、わたし自身の中にしかないということを実際に体験できたことはよかった。

ゼロから自分の居場所を作り上げるために毎日が精一杯で、亡くなった夫を思い出して泣くことは、もしかしたら日本に残っていたよりは少なかったんじゃないだろうか。泣いてる暇はないというのは大げさだけど(泣いた日もたくさんあったから)、生活になじむために、やらなきゃいけないことがたくさんありすぎて気が紛れたことは確かだ。

意識はしていなかったけれど、わたしの内にある大きなわたしは、きっとこうやって新しい土地で生きることが自分のグリーフにも魂の成長にもいい体験になると知っていて、わたしを渡米へと突き動かしたのだろうと思わずにいられない。

ありがとう、わたし。ありがとう、宇宙。そんな気持ち。

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