続いているものにはちゃんと理由がある
相方に指摘されて気がついたのだが、わたしは案外「三日坊主」ではない。昨日書いたように英会話もコツコツ地味に勉強を続けているし、軽い筋トレ(スクワットとプランク、プッシュアップ)も続いている。
もちろん、継続すると決めたらなんでも続けられるというわけではない。じゃあ、続けられるものはなんなのか、分析してみると、大きく2タイプにわけられる。
ひとつは、単純に好きだから、やると楽しい、もしくは気持ちよいから続いているもの。これはヨガ、サーフィン、瞑想、ブログ(文章を書くこと)などがそう。
もうひとつは、継続した後の自分を明確にイメージでき、そのイメージにわくわくできるもの。英会話や筋トレがこれに当たる。
前者の場合は、ほうっておいてもやることだから、継続するのにコツはいらない。ただ、後者の場合は今の時点で楽しいと感じているわけじゃないから続けるのにはちょっとだけコツがいる。
そのコツというのが、まずは目標をしっかり設定することなんだけど、ここで言う目標はビジョンに近いかもしれない。
たとえば筋トレだったら、「痩せたい」「スタイルをよくしたい」というのではなく、スタイルをよくすることでどういう自分でありたいかまでイメージする(しかもそれにわくわくする)こと。自分の場合はそこまでイメージできたものはだいたい続けられるし、イメージが明確なので、結果として続けること(そこにたどり着くまでの過程)が楽しくなる。
もうひとつのコツが、自分の毎日の具体的なタイムスケジュールを割り出して、「それ」を日常のどこに組み込むかを設定すること。
これもこと細かくビジュアライズするほど現実に取り込みやすくなる。たとえば、英会話なら、毎日寝る前にやろうというだけでは弱くて、もうパジャマを着ている段階なのか? 歯磨きの前か後か? お風呂上がりか? 使う部屋はどこか? 使うツールはパソコンなのかスマホなのか? どのくらいの時間何をするのか?
細部をリアルにイメージすることで、忙しくても「このやり方なら無理なくできる」という着地点を見出すことができるので、見出したらそれをやるのみ。

最近つくづく思うのは、自分に限界はないんだってことだ。「わたしは三日坊主だから…」「わたしはこれが苦手だから…」と自分で思っていることの多くは、変えたいと自分が望み、それにふさわしい行動をすれば、びっくりするくらい変えられる。
もちろん、三日坊主でも、苦手なものがあっても、別に変えなきゃいけないわけじゃない。あくまでも自分は何を望むかが出発点。
ただ、自分に関していえば、自分が望んだことに対して自分で答えてあげることが自分への信頼につながって、生きることを楽しくしてくれるなぁと実感している。しかも、必ず変化を伴ってくれるので、自分は望んだ自分になれると体感できる点も人生を楽しくしてくれている。この夏はお腹に縦筋3本入れたいんだけど、もうちょい!