無条件の愛

日曜日の午後、我が家の仔犬ユパと、新しく迎え入れたラブラドールのエリーを、ドッグパークへ連れ出した。

パークの駐車場に着くと、それまでめっぽうおとなしかったエリーがそわそわしはじめて、キュンキュン鳴きだした。我々はエリーのもともとの飼い主についてどこにいた人かなどまったく知らないのだが、おそらく前に来たことがあるんだろうと思った。

日本でお父さんと暮らしているラブラドール、オセロも、懐かしい場所に行ったとき、こんな風になるんだろうか、とふと考えた。

夫とわたしとはよく行っていたけれど、お父さんとは行かない場所というのがきっとあるはずだ。昔行ったことがあって最近行っていない場所に連れて行ったら、どんな反応をするんだろうか。

ユパを迎え入れたときは、仔犬だし、犬種もぜんぜんちがうしで、オセロを思い出したり比べたりすることはさほどなかった。けれど、エリーが来たらさすがに一挙手一投足にオセロが思い出される。

人が大好きで人の後をついてまわるのはラブラドールの特性なのかな。なにか要求があるとき、吠えることはしないかわりに、わたしのところににじりよって座り、じっと見て、それでも気づかないと「お手」のように手を出してくるところも同じだ。

エリーのもと飼い主は、手放したくて彼女を手放したわけではなかったと聞いている。ネイビーに務めるご主人の日本駐在が突如決まって、犬も日本に連れて行くつもりだったが、なにせ手続きが大変で、幼い子もいててんてこまいで、犬の手続きは義理の家族にお願いして、後からやってもらうつもりで日本に発ったとのこと。しかし、義理の家族はそもそも家を売って世界一周旅行に出る予定を立てていた。犬を日本に送る手続きをがんばってやりはしたが、想像以上に時間がかかってしまい、旅行出発の予定日までに終えることができず、「もう無理だ」と手放すことになったらしい。

これだけ聞くと義理の家族、もうちょっとがんばってよ…と思ってしまうが、実際アメリカから日本に犬を送るのは大変で(日本からアメリカはまだマシ)、しかも義理の家族にしてみたら自分たちが望んで飼った犬でもないわけで、そこまでの時間や労力を割くだけの思いはなかったということだろう…。

とはいえ、エリーを見ていると、家があり、かわいがってくれる人がいて、ごはんが食べられ、散歩ができたら、飼い主が誰であってもしあわせそうである。前の家と比べてどう思っているかは聞きようがなく、あくまでもわたしはそう感じるというだけだけど、ここ数日で「そうか、わたしは今後はこの群れで生きるのね」と認めて、とっとと受け入れ、そそくさとなじんだように見える。

そういえば夫が亡くなった後のオセロも、行動が少し変わったことを思い出した。家族の序列が変わったことを受け入れたんだとそのときわたしは感じた。

犬って現実的で、力強いな。動物はみんなそうか。わたしに足りないのは、そのプリミティブな生きる力だなぁなんて思う。

たぶんこれから、わたしは犬にいろんなことを学ばせてもらうのだ。思い通りにならない、なのに世話しなきゃいけない相手と生きていくことで、わたしは無条件の愛というものを学ばさせられる気がしている。

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