8.5.2019

最近、久しぶりに一眼レフカメラを取り出してきているのだが、おかげで自分は「ファインダーを覗いてシャッターを切る」という行為が好きなのだなぁと改めて気づいた。

この広い世界の中で、わたしが自分の目で見られる世界は本当に狭いものだけど、ファインダーを覗くとその視界はさらに狭まって、耳で言うところの余計な雑音が完全にシャットアウトされて、目の前に広がる小さな世界に入り込める。液晶画面で構図を決めてシャッターを押す場合は、液晶画面の外にもたくさんの情報があるから、なかなかそこまで入り込めない。その違いを今さらながら体感している。

結局、我々は、自分の見えることしか見ていない。何が見えるかはどこに焦点を合わせるかで決まる。どこに焦点を合わせたいかは自分の意思で決められる。そういう人生的な教訓と、一眼レフの写真撮影は、何か通じるところがある気がする。

いまから15年くらい前、亡くなった前夫と付き合ったり、別れたりを繰り返して、ちょっとしたうつ状態と言われて抗うつ剤を飲んでいた頃、休日になるとよくフィルムの一眼レフを持ち出して、写真撮影に出かけた。何もすることがない休日、でも家にいたら精神状態がよくなくなることがわかっているから外出はしたい、かといって人と会うと疲れるだけだし、一人で何かしても孤独感が増すだけだし、何がしたいわけでもない、という状態で、カメラを持っていればぼんやり一人で歩いていても「カメラ女子」とカテゴライズされて、他人の目を気にしなくて済むような気がして、都合がよかったのだ。

あの頃は植物ばっかり撮っていた。あのとき、ファインダーを覗いて、美しいものだけを視界に入れて、それ以外のものをシャットアウトする時間を持つことで、わたしは無意識に、けれど本能的に、生き延びようとしていたのではないか。同時に、あんなつらかったときでも、泣きながらでも、世を恨みながらでも、懸命に美しいものを探そうとする、その強さを自分は持っていたということにしみじみ感動する。15年後のわたしから褒めてあげたい。ほんとうに、よく、がんばりましたね。

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