9.26.2019

「会話力の磨き方」というオンライン講座を受けて、パラダイムシフトが起きたことはちょっと前に書いた(こちら)。そこから派生していると思うのだけど、これまでと違う自分を発見することが何度かあって面白いやら驚くやら。

今回発見した、これまでと違う自分は、インタビュー原稿を書く仕事に面白さを見出している自分、である。

インタビュー原稿というのはつまり人物取材をしてその人の言葉を書く原稿。ライターを20年もやっているからこれまでもいっぱい書いてきて、評判もいいのだけど、正直、たくさんある編集ライターの仕事の中では好きじゃない部類の仕事であった。

その理由を端的に言うと、通常の取材原稿より労力も気も使う、ということであった。

インタビュー原稿ではない、普通の取材原稿の場合、基本的には(1)私が伝えたいポイント、(2)読者が知りたいポイント、の2つだけ考慮すればいい。事実を曲げてはいけないけれど、書き手は私だから、取材して集めたデータから(1)と(2)をすくい上げればそれでいい。

でも、誰かのインタビュー原稿になると、(1)と(2)に、(3)インタビューされる人の訴えたいこと、が加わる。(1)と(2)と(3)が合致していれば何ら問題はないのだけど、たまに、この人は(1)や(2)とは全然違うことを伝えたいようだというのがインタビューしていてわかるときがある。そういうときの原稿書きは難易度が高いというか、神経がすり減る。

(1)と(2)と関係ない部分は、今回の趣旨と違うからとバサッと切り捨てる方法もあるとは思う。でも、私は、インタビュー原稿というのはインタビューされた人も含めて作り上げる共同クリエーションだと思っているので、それはしない。だから、(1)と(2)と全然違うような(3)の中から、(1)と(2)に合致しそうなポイントを探し出して書く。あるいは最初に設定した(1)と(2)はいったん捨てて、まっさらにして、(3)の視点から見て(1)と(2)を改めて設定し直すという作業をする。(1)と(2)と(3)の方向がてんでばらばらに見えるときは、これ、本当に骨が折れる。

そいういうわけで、苦手というわけではないのだけど、とにかくパワーを使うし、ストレスもかかるという理由で、インタビュー原稿は嫌いであった。テープ起こしも時間かかるし。

ところが、今日、担当していたインタビュー特集をようやく終えて、ものすごい達成感の中に、新しい感覚が自分にあることに気づいた。これまで大変で嫌だと思っていた、(1)と(2)と(3)を、どう編み上げていくか、その部分こそがインタビュー記事の醍醐味であり、挑戦しがいのある部分であるな、などと思っている自分がいたのだ。こりゃ、楽しいぞ、と。

数年前のことだけど、尊敬する先輩女性に「聡子(私の名)の聡は、公と心と耳という漢字なのよね。ライターを仕事にしているし、きっと使命のヒントが名前にもあるわね」と言われたことがある。「いやいや、人の話を聞いて言葉にして公に伝えることばっかりやって疲れたんです。みんなが『書いて書いて』と言ってくることにも疲れた。もっと自分の中から湧き出てくるものを言葉にして書きたい」とそのときの私は答えたのだけど、その後、自分を大事にすることを学んで、またひとつ螺旋階段を上がって、自分より人の言葉を伝える楽しさに目覚めた、かもしれない。

プチ開眼。と思ったら、夫が亡くなってからずっとお守りにしていたブレスレットが突然切れた。そういえば今年の誕生日に決めた1年の目標は新しい自分を見る(そのためにコンフォートゾーンを抜ける)であった。わずか1カ月で新しい自分を見つけているのだから、1年もしたらどんだけ新しい自分になっているのか、急に楽しみになってきた!

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