10.26.2019

人生3度目のオペラは、またもサンディエゴオペラの公演。今回は『アイーダ』。

『アイーダ』といえばサッカー観戦の応援で使われる凱旋行進曲が有名。あれを、オペラの物語の中で、舞台として鑑賞したらさぞかし感動するだろうと心ときめかせて出かけたのだが、今回はクラシックなステージセッテイングをあえてせずに、オーケストラが舞台の下ではなく舞台上にいるという独特の演出であった。脇役の歌い手さんたちは俳優として舞台には立たず、まるで合唱隊のようにオーケストラの背後にいて、動き回るのは主要な登場人物数人だけというシンプルな作りで、『アイーダ』を何度も見ているようなオペラファンには斬新で面白かったのかもしれないが、今年からオペラファンになった身としては、いわゆる豪華絢爛な凱旋シーンを見たかったので、ちょっと残念というのが正直なところであった。

それでも、監督が違ったらどうだったんだろう? わたしがリゴレットで好きになったあのテノール歌手が歌ったらどうだったんだろう? と興味は尽きず、やっぱりオペラはもういいや、とはならない。むしろ、一番最初の『リゴレット』が良すぎたものだから、あのときの感動を求めて、いつかあのときと同じ感動と出会えることを信じて、今後も通い続けると思う。

これは波乗りも同じだ。

波と本当に一体になったような最高のライディングはそうそうはないのだけど、でも一度体験すると、今日こそあの感動に再会できるかもしれないと思って、まだ眠い目をこすって起きて、日が昇っていない早朝に車を走らせてしまう。その日出会えなくても、翌日になると、今日こそがザ・デーかもしれない、とまた起き出す、その繰り返し。

希望、という言葉を使うのは大げさかもしれないけれど、でも、わたしにとってはこれは希望だ。

夫が亡くなる数ヶ月前に、長年の夢だったツリーハウスを建てようと土地を買い、制作を始めた。完成を待たずして夫は亡くなり、さぞかし無念だったろう、間に合わせることができたらよかったのに、としばらくは思っていた。けれど、あるときふと心にこんな言葉が響いた。

完成させることが大事だったんじゃない。土地を買って、制作に取りかかったことで、残り少ない最後の日々を希望を持って過ごせたことに意味があったんだ、と。

オペラもサーフィンも「あの感動」に再び出会えたら最高だけど、出会えなくても、あの感動にまたいつか出会えるはずだと信じて生きることが希望なんだ。もっといえば、もしかしたら再会できなかったとしても、今回はダメだったけど次こそは…次もダメだったけど、その次こそは…と希望を持ち続けられることそのものがしあわせなことなのだ。

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