11.04.2019

昨日の海で、波のショルダー(波が盛り上がるところ)の先のインサイド(岸寄り)で波待ちをしているアジア系の女の子がいた。

持っているボードはソフトボード。ボードには乗らず立って波を待っていて、波が来たらボードに飛び乗っている様子を見ると、ビギナーである。けれど、周りには教えているような人はおらず、一緒にサーフしている友達もいなさそうだった。そのレベルで一人で海に入るというのはかなり勇気がいることである。わたしはかつての日本での自分を思い出して、ちょっと心を打たれてしまった。

悩ましいのは、その子が波を待っているスポットでは、まず波に乗れないということがいまのわたしにはわかることだった。ピークから乗って来る人が必ずいるし、もし万一、ピークから乗ってくる人が転んだり、もしくは最後まで波に乗らずにプルアウトしたりしたとしても、彼女のところに波が到達するまでの間には、こぼれ波を狙うサーファーたち(わたしも含む)がとんでもない数いるので、無人のままの波が彼女のところまでやって来ることはまずないだろう。しかも、正直言えば、人が乗ってきてもよけるでもなく、同じ場所に突っ立っていられるのはライディングする者にとっては邪魔である。

そこじゃ波には乗れないよ、と彼女に声をかけてみようかなと何度か思った。

でも、じゃあ、このブレイクのどのスポットで波待ちすれば彼女にとっていいのか、わたしには代替案は提示できそうになかった。というのも、そこは波のブレイクするスポットが限られるリーフブレイクで、上級者が多い。上級者が乗らないような、波が割れた後の白波で練習するというなら場所は探せるが、彼女は波が崩れる前の切り立ったところでテイクオフの練習をしているふうだったので、そうなるとこのブレイクでスポットを見つけるのは難しい。ということは、もし波に乗りたいなら他のブレイクに行ったほうがいいという提案になってしまい、それはつまりここから出て行ったほうがいいというアドバイスになるわけで、自分にはそんなこという資格はない、と思ったら結局何も言えなかった。

海から上がった後も、ちょっとだけその子のことが心に引っかかっていた。あれは、いつかのわたしだ、と。やっぱり、何かしら声をかければよかったかも、と。

まだ日本にいた頃、夫を亡くしてからは一人で海に入ることになった。夫がいないと波待ちの場所もよくわからず、まともに波に乗れないことがしょっちゅうであった。そんなとき、時々、声をかけてくれる人がいた。「その場所で待ってたら波に乗れないよ」とアドバイスをもらったり、「もうちょっとボードの前に乗ってもいいかもよ」と教えてもらったり、「遠慮していないでとにかく来た波にはパドルしないとはじまらないよ」と叱咤激励されたりした。一人で心細かったわたしは声をかけられてほっとしたし、ありがたかった。鵠沼はローカリズムがそこそこ厳しいと当時言われていたけれど、わたしには嫌な思い出はまったくない。

そんな思い出がいっぱいの鵠沼で、Vans Duct Tape Invitationalが開催されたのは、わたしの個人的サーフィン史にとって非常に感慨深いことだった。会場となった鵠沼のスケパー前はまさにわたしがサーフィンをはじめたスポットであり、夫とサーフィンし、夫が亡くなった後も一人で泣きながらサーフィンしたスポットだったからだ。

その当時、わたしが名前を知っていたプロサーファーは、鵠沼のMamiさんこと河村正美さんと、ジョエル・チューダーだけ。そのMamiさんには渡米後、一時帰国したときに寿司屋で会って、図々しく声かけて写真を撮ってもらい、大感動。自身でボードを削り、料理も上手でウクレレも弾くMamiさんはいまも憧れのサーファーだ。

一方のジョエル・チューダーとは、いまは同じブレイクでサーフィンしているという夢のような現実。

Mamiさんとは同じブレイクでサーフィンをしたことはないけれど、ジョエルは、マナーの悪い人にはとんでもなくマナー悪く対応する癖があるけれど、ビギナーだからといってバカにしたりバカにした態度をとることはない。彼が悪態をつくビギナーは、ビギナーなのに我が物顔でブレイクの秩序を乱す人たちのみだ。だから、いまならわかる。あの日のわたしは、たとえ多少邪魔をしたとしても悪態はつかれない。だってさ、全然上手じゃないのに、友達もいないのに、一人で練習しているって、どれだけサーフィンやりたいのかがわかるじゃん。それってスキルのレベルに関係なく、気持ちはすでにサーファーなのだ。

話は飛んだけれども、あの女の子が、波に乗れないことや心細さにめげずにまた海に来るといいな。もし同じブレイクで見かけたら、今度は声をかけてみよう。場所を変えろとかそんなこと言う必要ないじゃん。ただ、「今日はいい天気で気持ちいいね」だけでいい。それは、彼女というより、あの日のわたしを救うことでもあって、あの日のわたしを救ってくれた先輩サーファーへの恩返しでもあるという気がする。

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