12.6.2019

『置かれた場所で咲きなさい』という渡辺和子さんの本を読んだことはないのだが、今日、車の中で急にこの言葉が心に響いて、突如として腑に落ちたことがあった。
何が腹に落ちたかというと、置かれた場所で咲こうとしなければ、そもそもどこに行っても咲けないのだ、ということ。
今いる場所では「咲けない」なんてことはない。もし咲けないと思っているなら、それは咲けない理由を今いる場所に転化しているだけ。だから、理想とする場所に移動したところで、結局、咲けない。というのは、「咲けない」理由は本当は場所ではなく、自分だからだ。
つべこべ言わずに今いる場所でどう花開くかに真剣になれば、次のふさわしい場所への道が開かれる。どう花開くか真剣になるというのは、つまりは、どういう状況であれ、どういう場所であれ、環境のせいにせずにどれだけ自分自身であり続けられるかに力を注ぐこと。自分自身であり続けるというのは、自分の心が喜ぶことを選択し続けること。
それができないなら、どこに行ったってやっぱりできないのだ。できないから、できなくていい理由のために、いまいるべき(「咲けない」と理由にしやすい)場所にいるだけなのだ。
そう考えをまとめたら、がぜん丹田にエネルギーが集まったので、少なくともこれは私にとっての真実なのだろうと思う。