12.9.2019

 ミックスメディアのアートクラスで制作しているコラージュをいちから作り直した。

 もともと頭の中に明確なイメージがあって、それをそのまんま形にしたかったのだが、イメージで描いた通りコラージュできるようなマテリアルが見つかるとは限らず、あったとしても土台となるパネルのサイズに合うとは限らない。そういう制約がある中で作り上げていくのがまた面白みであると感じて、イメージとそぐわない危機に直面するたびに臨機応変に対応してきたのだが、おかげで最初に作りたかったものとだいぶ違うものになってきてしまった。

 自分が作りたかったものとだいぶ違うけれど、これはこれでいい。そう心底思えたら、作り直すことはしないが、8割方できたところで、いつのまにか自分の作っているものにときめかなくなっている自分がいることに気づいてしまった。

 それでも、これまでのわたしなら「仕方ない」と諦め、「そもそもクラスで作っているだけで売り物にするわけじゃないし」と自分に言い聞かせたと思う。が、今回のわたしは違った。写真などは同じプリントをもう一枚持っているし、ポストカードなどのマテリアルは店に行けば再購入できるはずなので、その気になれば、もう一つ作れるはずだ。そう思って、急きょ、買い物に走った。そして、マテリアルを再び集めて、小さいパネルで作り直したのだ。

 思えば、クラスが始まった当初から、先生は、「最初のうちは小さいパネルで作る方が簡単に上手にできる」と口を酸っぱくして言ってくれていたのであった。わたしは8インチ四方でも十分小さいと思って8インチ四方のパネルで作っていたが、6インチ四方のパネルで作り直したら、作りやすく、イメージ通りの構図ができた。

 パネルが大きいと埋めなければいけないスペースが増え、そのぶん、多くの素材が必要になる。素材を多く使うということは、それだけ素材選びのセンスも問われるし、同時に素材の選択肢も多く必要になる。だから、「小さいパネルの方が簡単だ」と先生は言っていたのだと、経験してみてよくわかった。経験者の言うことは素直に聞いた方が速いと学んだ。けれど、同時に、自分が経験してその理由みたいなものに納得するのもいいことだとも思った。もし人に伝える機会があった時、「先生がそう言っていたから」では説得力がないが、自分が体験して身をもって感じたことなら自信を持って言える。

 ところで、わたしは小さい頃から、「諦めが早い」とか「最後の詰めが甘い」とよく母に言われてきたし、実際そうであった。けれど今回、わたしは自分の目指すものが形になるまで諦めなかった。そんな自分を見つけたことがなんだかうれしかった。

 これまでのわたしは(と全部ひとくくりにするのは危険だけど)、そもそも本当に目指したいものがわかってなかったから、諦めが早く、最後の詰めが甘かっただけなんじゃないか。

 やみくもにがんばることよりも、がんばってでも目指したいものが何か、ちゃんとわかることのほうが大事だなと改めて思った。自分の目指したいものが何か、見つけるのは簡単じゃないけれど、がんばってでも見つけだす価値のあるものだと。

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