12.12.2019

 7年前に亡くなった夫は、古いヴィンテージのものが好きだった。特に家具に関してはそうで、いまも鵠沼の家には、彼が若い頃にイギリスに留学したときに見つて買って帰ってきたという家具がいくつか残っている。

 わたしも古い物が好きだが、当時は夫の気を引きたくてそう言っていただけのところがあった。自分は時を重ねた物が好きだなぁと心底思えるようになったのはじつは最近になってからだ。

 新しいものはいまからでも作れるけれど、「経年変化」したものは、いまの科学をもってしても作れない。いかにもそれっぽいダメージ加工とか、ラスティック加工のものはできたとしても、やっぱり本当に時間を重ねて変化したものとは全然違うということはみんな感じることと思う。

 この、「時間を経ないと出ない味」は、どんなにがんばってもいますぐには作れない。そのことにときめくようになったのは、自分がそこそこ年を重ねたからかもしれない。

 今日も取材で、アメリカの1865年の洗濯機を見てきた。博物館に展示されているものだが、いまでも動くのだとスタッフが動かして見せてくれた。いまではボタンひとつでできる洗濯は、かつてはけっこうな肉体労働であった。「まったくもう、またこんなにどろんこにしてきて」とか、「なんでこんなに洗い物が多いのかしら」とか、洗濯機を回しながらぶつぶついうお母さんの姿が思い浮かんだ。

 100年後の人たちは、いまのわたしたちのどんな道具を見て、何を感じるんだろう。昔のように鉄や木で作られているものがいまはあまりないから、そもそも100年後まで形が残っている道具はそんなになかったりして。

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