12.20.2019

「今年やりたいことリスト100」を作るようになったのは、2016年からだったと思う。
その年は、100個もやりたいことが出てこなくて、自分には欲がないのだと、むしろ達観した境地に辿り着いたように自分のことを捉えていた。わたしは謙虚に、ただ目の前に現れたものを受け取り、目の前に現れる流れに乗って生きていけばいいと。
辿り着きたい場所(つまり、やりたいこと)を決めないと、そこに自分の意志がないから、目の前に現れる流れは右に行くものだったり左に行くものだったり、前だったり、後ろだったり、他人から影響を受けているだけになると気づいたのは2017年頃。「欲」というと強欲とか、貪欲とか、いやしいイメージがあるけれど、「やりたいこと」というのは本人の「意志」であり、エネルギーをどこに向けるのかの方向性なのだ。方向を決めない限り、目の前の流れに乗ったところで、ぐるぐると同じところを回っているか、他人の周りを回っているだけになる。そこに自分がないので、一所懸命動いているのに「なんだかつまらない」「なんだか楽しくない」ということになる。
わたしは、長いこと、わたしの本当の心の声を無視し続けていたから、2016年には100個もやりたいことを出せなかったのだということも、そのあと、わかった。「どうせ、やりたいって言ってもやらないでしょ」という、自分に対する諦め。もちろん、自分の内面でそんな戦争が起こっていることには気づいてもいなかったのだけど。
自分の声に一瞬一瞬耳を澄まし、そのときにできることをする、それを地道に続けるようになって、2018年は80個近く、2019年は90個近く、やりたいことリストが埋るようになった。
今日、来年に向け2020年のリストを書き出したらあっというまに100個になって、ちょっとうれしかった。全部はやれないだろうけれど(実際、昨年からの持ち越しのものもたくさんある)、やりたいことを明確にする(心の奥底から見えるところに持ってくる)、それに向かって動く、という過程にも意義があると思っている。いや、「過程にも意義がある」じゃなくて、その過程そのものが自分を生きるってことなんだと最近は思っている。