01.23.2020

夏にレスキューされたラブラドールのエリーを数週間飼って、けれど、いろいろなことがあって施設に戻したという経緯がある。それからわたしは2匹目はこりごりと思ってきたけれど相方はそうではなく、いつもレスキュー施設のサイトを見ては「この子はどう? この子は?」と相談してきていた。わたしは正直、どの子もピンとこないのだけど、ユパに遊び相手がいたほうが、平日は仕事に出ている自分たちの気が少し楽になるのも事実。だから、もし相方がピンとくる子がいるなら、きっとそれはあなたのもとにくる犬ということだから好きにしていいと言ったら、おとつい、帰ったら家にラブラドール(でも、たぶんミックス)が加わっていた。虐待などを受けていた感じはしないが、まったくしつけのなされていない3歳の女の子。いきなり我々に腹を見せるほど人が好き。エリーよりユパと年が近いせいか、それともユパがちょっとは大人になったためか、エリーのときよりずっと早く2匹は仲良しになって、いまも楽しそうに遊んでいる。今回は人を介してまわってきたレスキュー犬なので、施設からのときのように「試してみたけれどダメそうだ」と返すわけにはいかない。3歳からどこまでしつけができるんだろう…と不安はあるが、できる、大丈夫と信じてやるしかない。そう、だいたいなんでもこれだ。できる、だいじょうぶ、と信じてやるだけ。

01.22.2020

テリア系の雑種だと思うと教えられたユパ。小さいからチワワが入っているだろうとか、胴長だからダックスフンドも入っていそうだねとか、いろんな人がいろんなことを言う。最近になって、ラットテリアという犬種がいることを知り、このラットテリアの特徴をユパはかなり持っているねと相方と話している。とにかく足が速い。賢く、飼い主に指示されることが好き。遊びもルールのある遊びが好きで、勝手に作ってもすぐに理解するし、楽しそうだ。一方で、すごく自己主張も強くて、その気分でないときや理由に納得できないときは指示された内容はわかっているはずなのに目を合わさずに断固として無視する。その場合、おかしでつってもダメ。おかしや甘い声には簡単にはなびかないのが個人的には好きな点。さて。何があったわけじゃないのだけど、気が晴れなくて、自分では毎年この時期にある命日反応のひとつだろうと思っている。そういうときは、自分が世話してあげなきゃいけない小さな生き物がいることで気がまぎれるというか、すごく助けられている。

01.20.2020

2012年、夫を亡くした直後は、『セラピスト』というセラピスト向けの専門誌で取材執筆をさせていただくことが多かった。仕事だし、一度しか会わない相手だしで、取材する方に、わたしが夫を亡くしたばかりであることを告げたことはなかったにもかかわらず、取材相手が「この精油は大切な人を亡くしたばかりの人に好まれることが多いんですよ」とか、「実母を自宅で看取ったばかりなのです」と話しはじめたりすることが続いて、編集者の方と顔を見合わせることがたびたびあった。いまも取材は、仕事というより、いま自分の必要なエネルギーに触れたり、言葉をもらったりするために動かされているだけではないかと思うことが度々ある。今日もそう。「心から好きなことをしているときは追い風が吹く」という言葉がその方からでてきて、「ああ、今日はこれを聞きにきたのだ」と感じた。自分より少し年上で、ロールモデルにしたいような生き方をしている方。そういう方とお会いしたときに、なんとなく引け目を感じてしまうときは、自分のしていることにウソがあるときだってわかってる。ウソというのはつまり、自分の心の奥と、表の言動が一致していないということ。心というのは忙しくて掃除していないとあっというまに慣れたほう(本音と違うほう)に傾くものであるな。と気づいたので、はてはて、何から手をつけるか。とりあえずはまた今日のランチどうする、みたいな小さなことから丁寧に、で。

01.19.2020

パラマハンサ・ヨガナンダが設立したSelf-Realization Fellowshipのクリアヨガのコースを始めたそのタイミングで、寺院の中にあるヨガナンダの自宅が公開されることを知り、「これは行っとくべきやつだ!」と、サーフィンもそこそこに切り上げて出かけた。客室もダイニングも書斎も寝室もヨガナンダが実際にいたところなのだと思ったらそれだけでテンションが上がったが、特に寝室のエネルギーがすごかった。ひざまずいて祈りたくなった…(そうしている人もいた)。個人的にヒットだったのはヨガナンダと彼の師匠と並んでイエス・キリストの写真が飾られていたこと。ギフトショップにはヒンドゥーの神、クリシュナの絵もあった。ヨガナンダはヨガ(クリアヨガ)の教えは宗教的なバックグラウンドに関係なく学べるものと言っているし、西洋にヨガを広めるためにキリストと近しいことを示すことが有効という目算もあるのではないかと想像するが、イエス・キリストとクリシュナはヨガナンダと並んで宗教やその教えとは関係ないところでわたしがなぜか心惹かれてやまない対象なので、その3者(者と言っていいのか)が並んでいるのはわたしにとってはめちゃくちゃ意味のあるメッセージに思えた。わたしの信じるところを進め、と。いずれにしても今日はシンクロに満ちた1日で、SRFで学ぶ(修行?)する決意をしたことを祝福されたような気持ちになって、ここ最近では一番気分のよい1日であった。感謝。

01.18.2020

遺伝学・栄養学博士、栄養管理士でKayo Dietを主宰しているDr. Kayoによる「栄養環境コーディネーター」の認定講座を受けてきた。栄養環境コーディネーターという認定書がもらえるのだけど、それがほしかったというよりは、取材やプライベートでお会いするKayo先生のお話が毎回面白くて、目から鱗で、この機会にちゃんと学んでみたいというのが一番の動機であった。結果は、その好奇心を満たしてありあまるほどの知識を学べた。ホリスティックヘルスに興味のある自分としては、最新のサイエンスがどんどんホリスティックに向かっているということも興味深い。要は「どの栄養素をこのように取ればいい」というような栄養の話ではないのだ。さてさて、興味の赴くままにいろいろな講座を受けたり、クラスに参加したりしているけれど、これがどうつながってどこに行くのかしら? どこにも行かないかもしれないけど、まあ、それもいいや。

01.17.2020

気分が冴えないとき、何をすれば気が晴れるかは、そのときによって全然違うので、ほんと毎瞬、心と会話し続けておいたほうがいい。以前はサーフィンをしたり、筋トレをしたり、ヨガをしたり、体を動かすことがちょっと気分を上げてくれる行為であったけれど、最近はもっぱら読書。あと、入浴。どうやら内向の時期みたいだ。読書といっても説教くさい自己啓発本はいまは受け付けず。小説やエッセイブームもひと段落して、いまはまたパラマハンサ・ヨガナンダの『あるヨギの自叙伝』に没頭(3回目)。先日、撮影のためにヨガナンダの創設したSRF(Self Realization Fellowship)の寺院を訪れたのだけど、そこでクリアヨガのレッスンを伝授してくれるプログラムを行っていることを知り、昨年末よりマイブームの5秒ルールを使って、これまたえいやっと申し込んだ。じつはわたしは夫を亡くしてからしばらくの一時期、「人生目指すのは神との合一だ」と結構真剣に修行していたのだが、なんとここにきてその願望がまたむらむらと湧き上がってきている…どこへ行くんだ、わたし(笑)。アメリカに来てからの6年は、かなり地に足を着けてこの物質世界を生きたので、それを経たいままた精神世界に足を踏み入れたらきっと当時とは違うことを体得できるような気がする。

01.16.2020

裏山には、フェンネル、ミント、カモミール、アーティチョークが自生している。場所柄、セージもありそうなのだけど、まだ見つけられていない。そんなふうにハーブを見つけてすぐに見分けられるようなおばあちゃんになりたいと昔思っていたけれど、ちゃんとある程度わかるおばさんになった。植物療法を学んだおかげである、と思ったら、資格を取ったのは10年も前であることに今日はたと気づいた。10年ひと昔…。結局、自然療法は仕事にせず、アメリカに来てしまったので、勉強も資格も更新をやめてしまった。つまり、わたしの知識は10年前で止まっていた…。それに気づいたからというわけではないけれど、この週末に栄養学博士による健康学の資格講座を受講する。わくわく。夫を亡くしてから、いろんなことに興味がなくなった数年があり、そのあと、段階的に、ひとつひとつ取り戻して再構築してきた気がする。2020年はいろんなことを取り戻して、ようやくたどり着いた再スタートラインといった気持ちになっている。