02.28.2020

どういう経緯で知ったのか説明できないのだが、最近になってMediumというプラットホームのことを初めて知った。調べてみると日本語版もあるので、デジタルメディアに詳しい人はきっとご存知なのだろう。自分なりの理解によれば、Mediumは、わたしもアカウントを持っているnoteのインターナショナル版のように感じる。ただ、noteと違うのはMediumは書く(もしくは読む)ことに特化していて、動画投稿や写真投稿を想定はしておらず、インターフェースもあくまでも読む(もしくは書く)ことが前提で作られていること。現在は月に3本以上の投稿を読む場合、会員(月5ドル)にならないといけないのだが、速攻でなった。というのも、投稿(MediumではStoryと呼ばれる)の記事がどれも面白く、面白いから読めてしまうため英語の勉強にもいいと思って、ならば月5ドルは安いと判断したからだ。もちろん、深くサーチすれば、誰の反響もないような、面白くない投稿もあるのだろうけれど、アカウントを作るとわたしが読んだ記事の履歴やClap(FBでいう「いいね」)した記事などを参考に、毎日「今日の(あなたへの)記事」を編集して教えてくれるので、深くサーチしなくても自分が興味がある分野の、新しい内容、もしくは書き手の投稿を知ることができる。おかげで驚くことに、Mediumからのお知らせを開いて何かを読むことが毎朝のちょっとした楽しみになっている。英作文の勉強にもなりそうだから、そう遠くない未来にMediumでも何か投稿しようと思って、隙間時間にいろいろ作文しているが、これもまた楽しい。いまさら気づいたのだけど、わたしは文章を書くのが好きなんだけど、日本語でなくてもいいみたい。日本語の美しさが大好きだけど、自分の表現手段としては日本語にこだわっているわけじゃないようだ。これはまた自分についての新しい、未知の発見で、ちょっとときめく。うまくいくのか? できるのか? そういうのはとりあえず置いておいて、自分がこれまでだったら思いもよらなかったものごとに心を開けたときに感じる、なんともいえない解放感を味わっている。

02.27.2020

Self-Realization Fellowshipのレッスンでは、2週間に1回、教科書が送られてくる。日本語で受けることも可能なのだが、日本語の場合、超基本の部分しか教科書はもらえないと知って、全部読みたいためにがんばって英語を選んだ。今はまだレッスン3だけど、思わぬ副作用的効果が既にある。それは、なんと、英文を読むことが苦痛でなくなったこと。調子に乗ってパラマハンサ・ヨガナンダの著書(英文)を次々と買ったけど、どれも興味深く読み進めている。もちろん興味がある内容だから読めているというのも多分にあるけれど、毎日少しずつ読むことを習慣にしたおかげで英文に対する「気合を入れなきゃ読めないもの」という思い込みが減ったようで、今はさほど興味のない内容の英文でも気負わず読めるようになった。しかも、読むのが楽しくなったから、英文が前よりすっと出てくるようになった。もちろん、冠詞や時制や、選ぶ単語などはネイティブからしたら「うーん…」というレベルだろうが、でも、これはすばらしい一歩と感じる。

繰り返すけど、これは、脳が、英文を読むという新しい習慣に対応するようになった、ってことだ。逆に言うと、脳って単純に「習慣だから」という理由だけで、過去の習慣を続けるように駆り立てることがある。この仕組みを理解すると、結構いろんなことが楽になる。ただ、脳のネットワークを変えればいいだけだから。たとえば、砂糖もそうで、甘いものを欲するのは、「甘いものをもらうと楽だから」という、砂糖をもらってエネルギーに使うことに慣れた脳からの、ある意味、ラクをしたいがための指令だそう。甘いものを欲しくなると「体が欲してる」なんて思いがちだけど、欲しているのは脳だけで、よくよく体の声に耳をすますと、お腹の調子とか肌の調子とか、本当は体は欲していないというサインに気付けたりする。で、ちょっと砂糖を断つと、「あ、もらえないならもらえないでがんばります」って感じで、脳から砂糖がほしいという欲求が送られる頻度が減る。

自分がどれだけ「習慣」に左右されているのかに気づいて、むしろその「習慣」を利用するくらいの勢いで望むと、物事はドラスティックに変わる。見える世界が変わる。というようなことはいろんな自己啓発の人や精神世界の人がなんども言っていることで、あとは信じてトライしてみるか、しないか、で違っちゃうのだろうね。

02.26.2020

時々メールのやりとりで、Mr.とつけられることがある。非日本人で、わたしに会ったことがない人が、名前の字面だけで男性か女性かを判別するのは難しいのだ。逆もまた然りだし、移民だらけのカリフォルニアでは、きっと日常茶飯事のこと。やられても、やってしまっても、ちょっと気まずい程度のことだからいいと思ってきたけれど、今日メールのやりとりした人は自分の著名のところに「Pronouns: He/him/his」という一行を入れていて、なるほど、その手があるのかと学んだ。自ら「代名詞にするなら女」と表明すれば間違ってMr.と書かれることもなくなるであろうと。で、気になってちょっと調べてみたのだけど、これ、別に男女の性別に限らないそうで、見た目の性別は男性だけど「She/her/hers」と呼んでねという場合もあったり、もちろんその逆もあったりするようだ。英語の文章は日本語以上に、彼、彼女という代名詞に厳密になることが求められるけれど、女性の既婚と未婚を区別するMissとMrsが下火になって、どちらにも使えるMsが対等してきたように、いつかheやsheを区別しない言い方が主流になったりするのだろうか。

02.25.2020

久しぶりにフェイシャルトリートメントを受けた。日本人エステティシャンのきめ細かさとホスピタリティーが懐かしく、フィトセラピー(アロマとハーブの専門家)の資格取得に燃え、学校の友達たちと練習のためにしょっちゅうボディーやフェイスのトリートメントをやりあいっこしていた頃を懐かしく思い出した。2008年〜13年にかけてだから、10年前後前。あの頃、それまでばりばり燃えていた広告出版の仕事を控えめにして次を模索していた。フィトセラピーを学んで資格を取ったけれど、プロとして稼ぐにはもっと経験と時間が必要だった。同時にマッサージセラピストに自分が向いていると思えなかったのも正直なところだ。憧れの人と結婚してお金の心配はなかったけれど夫は病気で治療法がないと言われており、この先何年一緒にいられるのかわからなかった。「あの頃の未来にぼくらは立っているのかな」っていう歌詞があるけれど、あの頃のわたしは未来にどこで何をしているか、まったく想像ができなかった。あの頃といまがつながっていると、時々、というか、結構忘れて生きている節があるのだけど、今日みたいに体感の記憶が自然と思い出されるとき、あの時間はたしかに現実としてあって、わたしの肉体の記憶にちゃんと刻まれていると実感するのだった。

02.24.2020

亡くなった夫はすごくクリエイティブな人だった。手先が器用で何でも手づくりできるというだけではなくて、発想力がすばらしく、その発想力を現実に形にするだけの能力と行動力と実行力があった。料理も上手だったが、「レシピ本のとおりに作って『おいしい』と褒められても、なんかズルをしている気がして心地悪い」とよく言っていた。彼にとっては、料理を作るというのはレシピから考えることであったわけですね。レシピ本を見て料理を作ることが当たり前と思い込んでいた当時のわたしには衝撃であったけれど、いまのわたしはおかげでいろんな独自料理にかかんに挑戦するようになった。料理だけじゃなくて、サーフィンも、コピーライティングも、アートも、かつてのわたしは「正しい方法」にこだわり、「正しい方法」を知るために「本を読んだり、人から学んだり」した。そのこと自体、否定はしない。既にいろいろな経験をして学んだ他人に教えを請うと、その人が試行錯誤のうえたどり着いた答えを聞けて、おかげでその人と同じような試行錯誤をする時間は短縮できるから。たとえば、先日まで通っていたスーザン・ウィックススランドのコラージュクラス。どんな素材が使えるのか、どんな手法があるのか、スーザンが自らやった失敗とたどり着いた結論を惜しみなくシェアしてくれたおかげで、一人でYouTubeなど見ながら独学で学んだら1年はかかったような基礎的な内容を数カ月で学べた。ただ、既に手法を確立している他人から教えてもらう内容が「正しい」わけじゃない。そういう観点も持っていると、本や人からの学びはさらに有意義になる。自由でいいのだ。そのことを心底納得するのに40年もかかっちゃった!

02.23.2020

前日、雨だったので海水汚染を避けるためにサーフィンはパス。珍しくショッピングに出かけたら、パンツに限ってBuy One Get One Free(1つ買ったらもう1つはタダ)のセールをやっていた。これはアメリカあるあるなんだけど、日本はセールというと割引が多いけれど、アメリカは割引ももちろんあるが、同じ価格で2つついてくるとか、量で勝負する傾向にあるのだ。基本、日本人マインドのわたしは、「いやいや2つもいらないから、1つで半額にしてくれ」と思う性分で、もう1つが無料だからといってほしくないものを買う気はしないのだが、今日に限ってはほしいパンツが4つも見つかり、しかも、日本でも小さい部類(足も長くない)のわたしにぴったりのサイズが在庫にあるというのも奇跡的で、「これは神様の思し召し」と信じ(笑)、いきなり4つもジーパンを新調。一見、衝動買いではあるんだけど、ずっと心の中で探していた形のパンツだったので、それだけで心踊るし、数年前に気に入って買ったけれど、いまいち着こなせていなかったあのブラウスに合うわ、などと考えるのもときめき、明日会社に行くことがちょっと楽しみになった。こういうとき、なんだかんだいって女だなぁって思う。たまの買い物も大事だ。

02.22.2020

コラージュ#3。途中まではなかなかいい調子なんだけど、最後のデティルの詰めで、いつもちょっとがっかりの結果になってしまう。今回はアクリル絵の具で色を入れたら、ちょっとイメージと違ってしまった…前回の#3はエンカスティックワックスで失敗した…。その度に、幼い頃、母に「あなたは詰めが甘い」と言われたことを思い出す。まあ、それも、作り続けているうちにコツを掴むだろう…。今日は雨でサーフィンに行かず、SRFの瞑想会に出席した。ヨガもそうだけど、一人で黙々とやるのと、みんなで一堂に会するのとでは、また全然違う。とりあえずいまは自分の瞑想体験がどんどん深まっているのが楽しい。