02.16.2020

当たり前だけど犬にも個性があって、二頭飼いのように複数いるとそれぞれの個性が際立つ。ユパもデイジーもかわいいけれど、でもどちらかというとユパのほうが好きと感じる自分がいて、親とのことを思い出した。わたしはずいぶんと大人になってから母に「あなたは本当に扱いにくかった」と言われたくらいで、思春期をすぎるまで、母との間には愛情表現をめぐるいろいろな葛藤があったのだ。しかし、自分が二頭犬を飼ってみると、好きの度合いに差があるというか、気が合うほうとそうでもないほうががいることは自然なんだろいうということがわかる。それはどちらかというと本能的というか、頭で「好きになろう」とするのとは違うレベルのもので、なるべく不公平はなくしようということはできても、好きの度合いを変えようということはなかなかできない。こうなってみてわかるのは、母が、兄や弟よりわたしを扱いにくく感じていたとしても、それは母の落ち度ではないし、ましてやわたしのせいでもなかったということだ。たまたま母とわたしの相性がそうだっただけ。そして、そんなに「扱いにくかった」にもかかわらず、ちゃんとごはんも作ってくれて、学校にも行かせてくれて、夏には家族旅行に連れていったりしてくれた。いまはむしろそちらのほうに感謝を感じる。

02.15.2020

犬と週末恒例の裏山探索。ここはアーティチョークのスポット。ほかにカモミールが群生するスポットもある。セージも最近見つけた。裏山を駆けずり回ったあとの犬からはほんのりカモミールの香りがする。立春というのは本当でその日を境に裏山の景色がみるみる春らしくなってきた。

02.14.2020

Self-Realization Fellowshipのレッスンが面白い。ヨガとかスピリチュアルなこともろもろ、これまでわたしが興味を持って勉強してきた広範囲のいろんなピースがここに繋がっていたのかと思うほど。いろんなピースがここに繋がっているように思えるものといえば、アリス・ベイリーの秘教本もあるのだが、あれは理解するのがすごく大変なのと、読んでも読んでも「それではいまわたしは何をすればいいだろうか?」というのが(わたしには)わかりづらい。どうもわたしは知識として世界を理解することより、世界の真理を経験したい、そのものになりたいという欲求が強いようで、そこに近づくために何をすればいいのかが明確な教えのほうがしっくりくるようだ。わたしがこの人生でもっとも恐れていたのは、何か特定の教えに自分を明け渡すこと、特定の誰かをグルと思うこと、であった。そのあたりの恐れを解き放っていますごく自由。恐れていたところに飛び込んだわけだけど、仕事もちゃんとしているし、相方とも仲良くやっているし、友達も変わらないし、生活はたいして変わらず、失うものなんてなかったのであった。一体何を恐れていたのだろうと思うくらいに、いま、すごく自由で、清々しい。

02.13.2020

一部の人からの電話が鳴らないという会社の電話の問題が発覚してから数カ月。何人もの技術者が送られ、ようやく「たぶん直ったと思う」と言われるも、確かめる術がなく、「直ったと思うなら直ったのだろう」と受け入れるしかない。しかし、数週間前、「うちの会社に電話をかけると『Not in service』と言われる」と身近な人がわざわざオフィスに足を運んでくれた。つまり、問題は解決していなかった。しかし、その人は技術者であるからなのか、「ちなみに僕のケータイはXXです」とキャリア名を教えてくれたことがヒントになった。同じキャリアを使っている同僚が試しにオフィスに電話してみると、やはりかからない。灯台下暗し。

またカスタマーセンターに電話をしていちからやり直しだけど、今度はどの電話からかからないのか具体的な例があるのでなんとかなるのではないかと淡い期待を抱いていた。ところが、やっぱり「俺のサイドでできることはした。解決しないなら上にあげる。また連絡する」と言ってその後音沙汰なし…ということが数度。そうこうしているうちにWi Fiが使えなくなってまた電話。Wi Fiが使えなくなったことに関係あるかもしれないのでWi Fiの修理に来てくれた寡黙な技術者Sに、「じつはもう1つ問題があって、その件で今誰かが何かいじっている可能性があるので、それが関係しているかも?」と伝えると、Sはものの数秒でWi Fiを直してくれた。Sによれば、電話の問題を直すためにリセットしたことでネットワークの情報が消えたとかそんなことらしい。っていうか、その可能性があるならなぜリセットしたあとにケアをしないのだ!? むー。

Sは「もう一つの問題っていうのはなんなんだい?」と聞いてくれたのでことの顛末を伝えると、「それはきっとプログラミングの問題の気がするから、プログラミングの人に頼むのがよさそうだ。僕のほうで頼んでみてまた連絡するよ」。そう言われたのにその後連絡がないことが(他の担当者のときに)数回あったから、ちょっと不安な顔をしたら、「ちゃんと連絡するし、いざというときは名刺の僕の電話番号に直接連絡をくれていい」と言ってくれた。しかも、立ち去ったのが午後5時30分くらいで、それから30分もしないうちに「直ったと思う」と連絡が来て、電話がつながらなかった同僚に確かめてもらったらついに通じた! 

これまでの技術者は誰もプログラミングの問題だろうという指摘はせず、「これはいままでなかったケースだ…難しいケースだ…」とばかり言っていたのにSのプロフェッショナルぶりに感激。わたしがこの問題に対応しはじめたのはこの数週間だが(それまでは産休前の同僚がやってくれていた)、毎度英語でらちのあかないやりとりをするのはかなりのストレスだったので解決してほんとうにうれしい。興奮が過ぎて長文になった。

02.12.2020

レンズを通して、言葉を通して、ひかりを映し出せるようになりたいなぁと思う。あらゆるものに、一見では汚いと感じるものにさえ偏在しているはずのひかり。それにはひかりを見つけ出す感性が必要だ。一見ではそこにあるはずがないと感じるものにさえひかりを見いだせる感性。情熱があれば技術はある程度後からついてくるのでまずは感性。SRFのレッスンを始めて、現時点で明らかに感じている変化は、ひかりを見いだすスピードがさらにはやくなったこと。一瞬嫌な気分になっても、もとのいい気分に戻ることが、いままでよりずっと簡単になったし、嫌な気分になりそうな出来事に遭遇したときに特に感情を乱されずにいられることも増えた。後になってから、いままでだったらここで焦っていたな、と気づくくらいで。この先、さらに多くのもののなかに、事象のなかに、すべてに、ひかりを見いだせるようになりたい。

02.11.2020

2、3年で終えるつもりで始めたインビザラインの歯科矯正、気づけば5年目。「アライナーの取り扱いがプロフェッショナル!」と歯科医R先生に褒められるくらいにベテランになった。ここへきて、ようやく残りのアライナーの数が5つとなり、ゴールが見えてきた(といっても、その後またリテイナーで保定する期間も長いわけだが)。昨日、歯医者に行き、残りの5つのアライナーをもらって、リテイナーについてちょっと知っておきたくなってググっているうちに、「リテイナーやアライナーはちゃんとケースにしまうこと。ティッシュに包んでポケットなどに入れておくと誤って捨ててしまったり、しゃがんだときなどに破損してしまうことがある」というような記事を見つけた。へー、わたしはこの5年一度もそんなことないわ〜なんて思っていたその日の夜、事件は起きた。ポケットに一時保管したつもりのアライナーが見当たらない! ゴミと間違って捨てた? いや記憶がない…。ポケットに入れてから、記事のことをふと思い出した記憶はあり、そのときに念のためにと別の場所に移動した? でも自分が考えそうな保管場所には見当たらない…。相方に聞いてみると、「ユパでは? さっき君の横にちょこんと座ってたときにポケットから取ったのでは」と。改めてリビングを見回すと、確かに謎の紙切れが散乱(わたしはアライナーをペーパータオルにくるんでいた)。そして、ついに見つかった、無惨なアライナーの残骸…。とほほほほ…。アライナーを再発注する場合は、また2週間ほど待たねばならないし、数百ドルかかると聞いた記憶がある…。覚悟を決め、恥を覚悟で歯科医のアシスタントの方に連絡を取ると、「犬に破損されるのはじつはよくあることなんですよ〜」との返事。ちょっとほっとする。しかもR先生の判断で、ひとつ先のアライナーを長めにつければ問題ないとのことで、再発注は必要なく済んだ。感謝感謝。それにしても犬と子どもは、大人の想像を越える範囲で動き回るので注意せねばならない。それがまたかわいいのだけどね。こんなプチ事件も、たまにあるから、日々は面白いのだ。

02.10.2020

裏山で見つけたハートのサボテン。サボテン的な植物が大好きで日本でもよく小さな鉢植えを買ったけれど、東京では冬に枯らしてしまうことが多かった。湘南に引っ越してから、日の当たる窓辺に置くことができるようになり、枯らすことは減った。カリフォルニアに来て、そこらじゅうに元気にサボテンが生えているのを見て、この環境にあった植物だと改めて知って、関東で、小さな鉢植えで育てるのはそもそも無理があったんじゃないかと思うようになった。今日は母親の誕生日。日米と遠く離れていてプレゼントを送るだけ。特に母とは若い頃はいろいろあったけれど、わたしは子どもを持たなかったけれど、いま、同級生や兄弟が親になっている姿を見て、親がわたしにやってくれたすべてのことへのありがたみを心から感じられるようになったよ。ありがとう。