03.02.2020

亡くなった夫と過ごした日々のことをいつも必ず思い出すが、それはまるで映画を見るような思い出し方で、自分の人生に実際に起こったことなのだという実感が乏しい。かつて住んだ場所を飛び出したからでもあるだろうし、8年という歳月が経ったからでもあろう。いずれにしても、わたしがこの先、生きていくための本能的な反応なのだと思う。あの頃のよろこび、痛み、楽しさ、かなしみ、いちいち実際のことのように再体験していたら生きていくのは大変すぎる。これは死別に限らない。きっと全てがそう。人は忘れるから生きていけるというはよくいったものだ。体の細胞も新陳代謝を繰り返しているから、あのとき夫とともにいた物質は細胞レベルでももうわたしの中にないのだということもよく思う。寂しい気もするし、そんなもんだという気もする。しかし、昨日、わたしはふと思い出した。わたしにはB型肝炎に対する中和抗体がある。抗体はまだわたしの体の中にある。この抗体は、わたしが夫のB型肝炎ウイルスをもらったからできたもの。だとするとこの抗体はわたしの体の中に残る、夫と過ごした日々の証。急にそんなふうに思えて、一人じんわり感動した。

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