03.03.2020

2020年の3月3日、ひな祭り。それらしいことは何もしなかったが、母のことを思い出していた(母は健在です)。実家には雛人形の段飾りはなく、母はいつも恐縮していた。母によれば雛人形というのは母方の親が買うのが慣習なのに、母の実家はお金に余裕がなく、うちには買ってくれなかったと。わたしは雛人形の段飾りがないことを、本当に1ミリたりとも惨めに思ったことはないのに、母は負い目を感じているようで、お雛様とお内裏様の小さな人形やら、2人が描かれた小さな掛け軸やら、雛段飾りの代わりにと、ほぼ毎年と言っていいくらい何かを買って来てくれ、その度に「うちには雛壇がないから」と言った。一人暮らしをして実家を出たあと、可愛らしいお雛様とお内裏様の人形を見つけたから飾りなさいとプレゼントしてくれた。そういえば、あの人形、毎年飾っていたのに、亡夫と結婚してから飾った記憶がない…結婚の引っ越しのどさくさにまぎれてどこかにいってしまったのだろう…。いまのいままで忘れていた、けど、人形があったことと、その人形を母がくれたことを思い出せて、よかった。くれるとき、母は「雛祭りをすぎたらすぐにしまうのよ!お嫁に行き遅れるから」となんども言った。そのときすでにわたしは30代未婚で世間的に言えば十分に嫁に行き遅れていたので苦笑い。のちに亡夫と結婚することになったとき、母は彼に離婚歴があること、子どもがいることなど「条件」が気になっているような言動を当初はたくさんした。わたしは「あなたの娘だって30代までで結婚しておらず、決していい条件の嫁じゃないんだよ」と心の中で突っ込んでいたが、一方で両親にとってわたしはいくつになっても無条件に贔屓目に見てしまえる存在なのかなとも思った。とにもかくにも、育ててくれてありがとう。ひな祭りに何もしなかったことは、人形がない中でも何かやり続けてくれた母からの文化を継承しなかったみたいな寂しさを夜になって感じ、来年は何かささやかでいいから飾り付けをしたり、それらしい食べ物を食べようと思った。