03.05.2020

会社のオフィスが入っているオフィスコンプレックスの共用スペースである中庭でくつろいでいたら、「髪型いいわね!」と声をかけられた。サンディエゴではしょっちゅうあることで、「ありがとう」で返したのだが、その人がしばらくして戻ってきて(たぶんちょっと外に出ただけなんだろう)、「ここで働いているの?」などとスモールトークがスタート。以前はこのスモールトークが大変苦手だった。なぜ見知らぬ人、しかも今後も人生にかかわることはないだろう人と、どうでもいい話をせねばらなないのだ、と。でも、いつのまにか、いや、たぶん、ライフコーチによる会話力の磨き方の講座を受けたあとくらいから、むしろ好んでするようになった。聞けば、彼女はドアを売る会社に勤めているそうで。冷静になればもちろんそういう仕事が社会にあることはわかるけれど、でもこうして実際に会って会話に出てこないと、ドアを(しかもドアを専門に)売るという会社なり仕事なりがあるということが意識に上がることはない。スモールトークに限らず、人に会ったり、なにか起こるのは、意識に上がっていないことを意識に上げる作業だととらえると、どんなこともめちゃくちゃ面白くなる。ひとたび意識に上がれば、それを選択するか、しないのか、それが望みなのか、望みでないのか、自分の意思で決定できる。意識に上がろうが上がるまいが、人生は自分の意識にあることで作られていく。ただ意識に上がった状態になることの利点は、意図的に決定できることだ。そうして意図的に決定したひとつひとつの選択によって、意図した人生が創造される。人生をクリエイトするとは何もでっかいことを成すということではない。しかも、外的に起こることは全て、無意識にあるものを意識に上げて、自分の意図を見直す作業をするチャンスである。などなど、頭で知っていたいろんなことが内的にどんどん落とし込まれていっていて、自分の中では信じる信じないのレベルでない「真実」として確立されつつある。

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