04.27.2020

ひょんなことから知ったミュージシャンの
MVを見て、懐かしい自分と出会った気がした。

もちろん、わたしがかつてその人のような
歌を歌ったり、作れたりしたという意味ではない。
なんというか、世界観が、懐かしかった。
わたしはかつてこんな心情でいたぞ、と。

しかし、同時に思いもした。
この世界観は、いまのわたしにはない。
いまのわたしにはこんな歌詞は書けないし、
こんな映像も撮れないし、
こんな歌い方もできない、と。

もちろん比喩であって、
かつてのわたしならできたってことじゃない。
ただ、かつてのわたしなら少なくとも
それと似たような言葉は書けた。
いまは、たぶん、書けない。

安易な言葉でいうなら、
繊細な感受性というやつだ。
かつてはもうちょっと
たくさん持っていたけれど、
それだと生きるのがつらいので、
少しずつ捨ててきたように思う。
いつのまにか、ずいぶんと身軽になっていて、
その代わりに透明で、儚い、
光を乱反射するようなフィルターも
どこかに置いてきたように思う。

じゃあ、取り戻したいかというと
じつはそうでもない。
ただ、ひとつ言えることは、
あの頃は本当にいろいろつらかったけれど、
つらくていやだというところまで
つらいのをやりきってよかったということだ。

かつてのわたしのような若者は
いま苦しくつらいかもしれないけれど、
苦しくてつらい時代というのも
じつは振り返るとそう長くなく、
失ってしまえば懐かしくさえ思うよ、きっと。

と、いうような話は、「いま、つらい」を
どうにもしてくれないので、
いま、つらい人にはまったくもって
救いにならないことも
かつてつらい若者だったわたしはわかる。

もしちょっとだけそこを通り抜けた
かつての繊細少女として何か言えるとしたら、
いまはただ生き延びよ、ということくらいだ。
今日も生きているだけで花マル。
明日も生きていれれば花マル。
そうこうしているうちに夜は明ける。

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