今日のつぶやき

私が持つFacebookへの違和感は
本当に近しい人との交流と
個人や小規模ビジネスの宣伝と、
その両者の微妙な合間にいる
ネットワーク的な交流と
全てが混在していることにあるかもしれない。

どれが良い悪いではなく、
単に自分がそのどのタイプとして
Facebookの世界にいたいのかが
まだわからないということなんだと思う。

たとえば友だちとしてつながっていた人が
あるときから突然ビジネス発信を始める。
それは何ら悪いことではないが、
わたしのリスペクトするライフコーチの
言葉を借りると
「友達は客じゃないし、客にならない」ので
受け取り手としては違和感があるのだ。
「応援したい」とはもちろん思うが、
それはまさに「応援」であって、
本当にそのビジネスを必要とする客であるかというと
そうでもなかったりする。
お付き合いでする「いいね!」が
本当にその人のビジネス拡大に役立つかといえば
ちょっと疑わしい。
本当に必要としている人を探すことが
ビジネス拡大の鍵だから。

逆に最初からビジネス発信だという
スタンスでFacebookをやっていれば
そういうアカウントだと思って
「友達」になるので問題ない。
そういう場合は、ある意味
ちゃんと「客」であるからだ。

で、わたしはリアルな友達と
つながるツールとして
Facebookをはじめたが、
良くも悪くも
小さなコミュニティーの中では
公に顔を出す機会が増えて、
わたしの言動は
わたし個人のことだけでなくなった。
最初からわたしが公の人として
アカウントを作っていれば
何ら違和感はなかったのだが、
いまは公っぽい投稿をするたび、
これは「友達」の中でも特定の人に向けた話で、
昔からつながっている「友達」への
言葉ではないという違和感が
どこかにずっとあるのだ。

いや、違うな。
書いていると気づく。
わたしはFacebookにはもう
友達としてのつながりは求めていないのだ。
本当の友達はFacebook以外でつながれるから。
だから、たぶん公の自分を出していきたいのだ。
がしかし、これまで書いたような
いろいろな思いが複雑に交差して
昔からの友達にどう思われるかが
気になって結局、必要に迫られたときしか
Facebookに投稿しなくなっているというのが正しい。

まあ、そうなら、
親しい友達と、公として接する人と、
投稿の限定範囲を変えればいいのだけどね。
そこまでするのが面倒臭いから
最初から友達との交流とは思わずに開設している
Instagramに流れている。

別にやらなきゃいいだけなので
こんなに長々と書くほど悩んではいないのだが、
なんとなく頭を整理してくて書いてみた。

このように自分の違和感を
いちいち分析するのが嫌いではない。

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