06.10.2020
同じAということに関係するもろもろの手続きで、2つばかり滞っているものがあった。ひとつは自分ではどうしようもないもの。もうひとつは自分次第だけどどうしても気が乗らずに手をつけられないもの。
わたしはエイブラハムの「Law of Attraction」の実践者なので、気が乗らない状態のまま動くことは最近徹底して避けている。なので、気が乗るまで待つか、気が乗るように自分を仕向けるようにしている。昨日、瞑想中に、やっと、その瞬間がきた。おっしゃ、今日こそやれる!
それでそのことについて動いたら、なんと不思議なことに自分ではどうしようもなかったもうひとつのことも急激に動き出した。しかも、もっと時間がかかるはずだったのに時短できる手段があることも、なぜか突然情報として入ってきた。
すごい。
その自分ではどうしようもなかったことというのは実家の父母に頼んで郵送してもらっていた書類の到着。通常なら1週間程度で着くが、いまの状況だと大幅に遅延する可能性があると、投函するときに郵便局の人に言われたそうで、実際、1週間ではこず、10日経ってもこず、あわや紛失かと父母が心配してFacetimeで連絡してきた日に、届いた。さらに、これをアメリカで通用する書類にするために、日本領事館に行かなきゃいけないと思っていたのだが、そうでなくてもできる手段があることも同じ日に知った。
昔懐かしいトリコロールのエアメールにときめく。父の、慣れないだろう、手書きのローマ字。わたしはこの封筒を捨てない。
父と母、特に母とはいろいろな葛藤があって、わたしの10代20代の生きづらさはそこからきていたのだが、いまとなっては全て愛おしく、調子いいことに、父も母もいつもわたしのやりたいことを応援してくれたという事実ばかり思い出せる。何かやるとき、わたしは両親に諸手あげて賛成されたかっただけで、諸手あげて賛成されないことに傷ついていたが、両親はたとえ諸手あげて賛成でなくても、わたしがやりたいことはやらせてくれたし、必要なサポートをしてくれた。両親が健在なうちに、そのことに気づけてよかった。
