06.15.2020

ちょうど1年前の今ごろの時期。会社から帰ったら相方に「今から犬を見に行けそうだけど、行く?」と聞かれた。

彼が保護犬の里親探しサイトなどを熱心に見ていたことは知っていた。もちろん、わたしも飼いたい気持ちはどこかにあって「縁があれば、まあやぶさかではない」というスタンスでいたが、心の中では実際に飼うのはもっと先のことだと思っていた。それが急に面会となったもんだから、まったく心の準備ができていなかった。

行きの車の中で相方は、その保護犬は犬を保護しているという個人の手元に今いること、しかしなにしろ個人の活動なのでその個人が信頼できるかはわからないこと、実際に会って話したうえで飼うかどうかを決めること、などをわたしに話した。

20分ほどドライブして落ち合う約束になっていた公園に着いたが、相手の姿はなかった。電話してみると違うところにいるようだ…我々が間違ったというより、その公園が広過ぎて、互いに細かな確認をしなかったためなのだが、その後も落ち合うまでに何度かすれ違いがあって、正直、これはもう縁がないかなぁ…とわたしは思っていた。

「あ、あれじゃない?」

ようやく、大きな公園の大きな駐車場の一画に、リーシュにつながれた小さな子犬と、かなりファンキーな入れ墨をいれたお姉さんの姿を認めた。車を停めて近寄って声をかけると、約束をしていた相手であった。

「車で生活していていろいろ移動しているから、この辺の土地勘がなくて」とお姉さんは言った。入れ墨の路上車生活。疑わしい要素と思えばそのようにも取れるが、わたしは人を見る目(自分に危害をくわえるか否かという意味での見極める目)には密かに自信があって、お姉さんは信用できる人だと直感した。異常にピュアでだから生きづらい人と分析した。

しゃがんで足下の子犬に声をかけると、その子は匂いをかぎにすぐに近づいてきて、匂いを確認し終えたらそのままごろんと寝転び、腹を撫でろと言ってきた。その瞬間に、うちの犬になることが決まったように思う。

お姉さんと別れて、抱きかかえて車に乗った。お姉さんの車が少しずつ離れていくのを見て、子犬はクーンとさみしそうな声を出したので、そっと撫でた。しばらくすると子犬は諦めたようで、静かになって、わたしの膝の上で小さく丸まった。

わたしはいろいろなところを旅して暮らすことが夢だったはずなのに、うっかり犬を飼ったことで、そうそう気軽には旅に出られなくなった。旅行どころか、お出かけでさえ、犬を留守番させていることが気にかかり、長時間家を空けることはしにくくなった。だけど、飼わなきゃ良かったと思ったことは一度もない。

あの日、夏のはじまりの夕暮れ、膝に載せた子犬の温かさと重さを時々思い出す。おおげさだけど、あの日を境にわたしは「犬と暮らす人生」をまた選んだのだと。

うちに来てくれて本当にありがとう。わたしたちを無条件に愛し、全力で信頼してくれて、ありがとう。その愛と信頼を裏切らない自分でありたいと思う気持ちがわたしという人間を成長させてくれているように思う。

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