忙しいのはだいたい頭の中だけ

気の張る仕事が続いて疲れている。疲れていると言ってはいけないとヨガナンダさまが言うので言わないようにしているが、書くのはいいだろうと勝手に例外を設けてみた。さらに、今回、書きたいのは、疲れているっていうそのことについてじゃない。書きたいのは、「疲れているって思っているどうやら疲れる要素を勝手に拾い集めているらしい」という発見の話である。

今週は、Aという大きなプロジェクトがわたしを疲れさせているわけだが、当然ながら他にも仕事上では大小いろいろなプロジェクトが進行している。「Bも今週のうちに手をつけねば間に合わぬ」「あ、Cもわたしの担当だ、今週のうちに考えなければ!」と、とにかく頭が忙しく、追い討ちをかけるように、もう自分では終わったも同然のインタビュー原稿のインタビュー相手から「確認原稿を拝見したのだが、ちょっと直接話がしたい」なんていうメールが入って、プチパニック。「ひー、何かが圧倒的にお気に召さなくて書き直しってことだろうか!?」と勝手に推測して気が重くなり、またどっと疲れるという、そんな状態。

ところが、こういうときこそ瞑想だと、瞑想してみた。そして、瞑想後に、ふと自分が切り替わったのがわかった。周りに振り回されていて自分の中心にいないぞ、自分、と。いやいや自分の中心にいたところで、忙しいことには変わりないんだけど、と思いながら、とりあえず気持ちの上で自分の操縦席を自分に取り戻してみた。

すると奇跡が(大げさ)。というのも、やらねば間に合わないと思っていたBというプロジェクトは締め切りが思っていたより1週間先だった(まだやらなくても間に合う)ことがわかり、わたしの担当だと思っていたCは「今回はこれこれしかじかな状況なので自分がやります」と他の人が巻き取ってくれることになった(わーい!)。極め付けは、電話で話したいと言っていたインタビュー相手。いざ電話してみると原稿の中身云々の話ではなく、先方の状況が変わって掲載タイミングをずらしたい、というだけの話であった。まるっと書き直すことを考えたら、それはもうお安い御用というものですとも。

つまり、忙しいっていうのはわたしの頭の中だけのことで、もっと言えば頭の中が忙しいと、本来そんなに忙しがらなくていいことまで忙しくなるっていうことがわかったってことです。いや、前からわかっていたんだけど、改めて。で、わたしの思う仕事のできる人は、ここの整理がとっても上手なんですね。わたしは、そこ、整理できる人になりたいわけで、だいぶできてきたと思っていたのですが、まだまだ道は険しかった。とりあえず瞑想というツールを知ったことはよかった。おかげで、忙しいというかプレッシャーと思っていたことが100だとすると今日だけで40に下がったくらいの感覚で、急に余裕がでてきた。

そんな折に、ユーチューバー、わっきゃいの新R25のユーチューブチャンネルでのインタビューを見た。マイペースだし心に余白がほしいから、スケジュールはほぼ白紙っていう話。必ずしも全部に共感したわけではないが、たしかにわたし、最近、やる気まんまんすぎて詰め込みすぎているなと思って、今朝の日課のウォーキングでは、スマホで自己啓発系のモチベーショナルスピーチを聞くのでもなく、英会話のレッスンをするのでもなく、好きな音楽を流して、空の色や風の温度や足の感覚などを十分に味わうってことをしてみたのだが、これがすごくよかった。細胞がぷちぷちとよろこび踊って、内側からエネルギーが満たされた感じ。

わたしはとかく、右だーと右に突進し、あ、やっぱ左だーと急に方向転換をして左に突進し、という癖があるのだけど、まあ、こんな感じで、揺らぎながらバランスを取っているのだろうし、それでいいのだろうと、きんと冷えた朝の空気の中で思ったのでした。

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