うれしい「まさか」

2020年の正月は大好きな日本料理店でおせち懐石コースを堪能した。2021年はそれができない(レストランの営業に制限がある)ので、お雑煮とおぜんざいだけ手作りした。市販のおせちを買ってもよかったのだが、夫婦二人には市販のおせちの分量はなかなかに負担。でも日本人らしく過ごしたいという思いはあって、お雑煮とおぜんざいに落ち着いたというわけである。そんなささやかなものでもきちんと作ると満足度が高い。

思えばアメリカでまともにお正月を過ごすようになったのは昨年からである(一昨年は日本で年末年始を過ごした)。それまではアメリカ生活がいつ終わるかわからない一人暮らしの身。家はアメリカ人の女性とルームシェアで「仮住まい」というか「居候」という気持ちが強くて、正月料理を作ったりする気持ちにはちっともなれなかった。幸いサーフィン友達はすぐにできて、元旦は皆でサーフィンをするのが恒例になり、それはそれで楽しいので、日本らしく正月を過ごしたいという欲求もあまり出てこなかった。

いや。厳密に言うと、日本で年末年始を過ごしたい欲求はあった。ただ、アメリカで日本らしい正月を過ごしたいとは思わなかったということだ。いまとなっては日系ストアがあるだけでもかなりありがたいとわかるが、渡米したての頃は、こちらの日系スーパーに置かれている正月グッズはどうしても「ちゃちい」感じがしたし、手に入る食材の質にも限りがあって、食指が動かなかったのもある。

日本人らしく日本文化を大事にして暮らしていきたいなと思うようになったのは、年齢もあるかもしれないが、それ以上に、相方と出会って、こちらに長く住むことが現実になったからだと思う。これから毎年、こちらでお正月を過ごすのならと、お餅をつけるホームベーカリーマシーンもついに買ってしまった。実家は必ず手作りのお餅だったので、袋に入った市販の餅はやっぱりわたしにはちょっと寂しいのだ。数年ならまあ我慢しようと思えるが、ずっと住むことが前提ならもう我慢する理由がない。

実家以外で一番長く住んだのは東京で、7年だった(途中で駒澤大学から祐天寺に引っ越したけど)。今年はアメリカに来て7年になる。実家以外で一番長く住む場所に、まさかサンディエゴがなるとは。でも、それは、うれしいまさかであった。亡くなった夫と結婚できたことも、そういえばうれしいまさかだった。彼が亡くなってしまったことは、とてもうれしくないまさかであったが、彼が亡くなってしまった後にこんな人生が待っていたということはうれしいまさかであった。

先が読めないことは不安もたくさんあるけれど、先が読めないからこそ、うれしいまさかがあるかもしれないと想像することができる。想像は自由だから、せめて想像でくらいはうれしいまさかをイメージして心をときめかせていたい。というのがわたしの考えなのだけど、相方は想像と現実が違うとがっかりするから、あまり想像しないほうが心が落ち着いていいという。人それぞれ。要は自分の心のときめかしかた、落ち着かせかたを、自分で知っておくといいってことですね。

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