なんかしらんけど、が、なんかしらんけど、いい

MoneyNoteっていうアプリを使って、ざっくりだけど自分のお金の使い方を可視化することをはじめた。これも『ずっとやりたかったことを、やりなさい』のワークのひとつではじめたこと。時間に関しては何にどのくらい時間を使っているかスケジュール帳で可視化するってことを30代前半からやっているけれど、お金に関してはずっとやってこなかったので、新鮮で、面白い。

いま、カリフォルニアは Stay Home Orderで、外に出るっていってもサーフィンかハイキングかくらいのものっていうことで、MoneyNoteによればわたしのお金の使用ジャンルで一番多いのは食費である。でも、今日、唐突に気づいた。Kindleで買った本とか、Amazon.comのプライムで買ったビデオとかって、支払いがピピピっで終わりだから、買ったものとして認識していなくて記録をしていないと。

それで改めて計算し直しても食費が一番であることは変わりなかったが、この「可視化」する仕組みはほんといい。たとえば、本を買う場合でも、それが純粋にエンターテインメントなのか、勉強のために買ったのか、あえてジャンルを分けるように設定してみたり。そういうことをしている時点で、わたしは「エンターテインメント」に使うことにちょっと抵抗があるんだなって気づいたりもする。自分を楽しませるのにお金を使うことは悪くないどころか、きっと必要なことなのにね。これは勉強のためだとか、そういう理由をほしがっているんだなってわかるわけです。

ところで、Junoさんの鑑定を受けて、新プロジェクトをはじめたことも、たぶん、この『ずっとやりたかったことを、やりなさい』を読んでワークをしていることが関係しているのではと思う。1週間ごとのワークなので、まだまだ読了はしていないし、実がなったどころか、一度耕した畑をさら地にするっていう作業をしているようなものなので、そんなわたしが力説しても説得力はないけど、ただ、確実になんか違うことが起こっているとは言える。そして、それは、なんかワクワクする。なんかしらんけど、いい感じって思っている。

わたしはなんでも理屈で納得するのが好きで、それは書くという仕事においては武器になる大事なものと思っているけど、同時に「なんかしらんけど」をないがしろにしないようにしようと、家計簿アプリのエンタメへの抵抗感に気づいたことで決意した。

なんかしらんけどやりたい、なんかしらんけどいやだ、なんかしらんけどいい…「なんかしらん」って言っているのは自分が認識している意識の一部だけ。本当はもっと広い意識の自分ではちゃんと知っているのだ。その自分を信じる、ということ。自分を信じるのが難しかったら、そういう働きをする人間の脳を信じる、でもいい。

実際、わたしは川尻先生から「我々が認識しているのは脳が処理している情報のその0.000000005%」っていう話を聞いて(こちら)、自分の限定された意識より脳を信じていいんだと心底納得して変わることができた。

バクティな思考回路がある方なら、脳でなくて神様を信じるとしてもいいと思う。本質的にめざしていることは同じなので。ただ、いずれにしても、この人生は自分の意識でしかないっていう感覚はもっていたほうがいいね。自分の人生の操縦席には自分が座らないとね。よいかわるいかはわからんけど、もったいないなって気はします、自分を生きないと。

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