思い出さなくていいこともきっとたくさんある

亡くなった前夫の命日が近いからか、Enyaの曲を聞きたくなって、そればかり流している。

前夫の病状がいよいよ悪くなって最後の入院をしたとき、わたしの精神状態もぎりぎりで、テレビなんか見ることはできなかったし、聞ける音楽も限られた。唯一、心地よく聞けたのがEnyaの音楽で、その結果、Enyaばかりヘビロテすることになった。

あれから9年経って、Enyaの曲は前夫のことを思い出させる音楽となった。彼との思い出に浸りたいときは、だいたいEnyaを選ぶ。実際には、彼が元気だったときには、一緒に聞いたりしたことはないのだけど。

前夫は最後には自宅に帰って、自宅で看取ることができた。あれは亡くなる前日だろうか、彼はある曲が聞きたいと言だし、わたしはiPod(懐かしいでしょう?)をベッドに持ってくるよう頼まれた。

iPodを渡すと、彼はおぼつかない感じで、ゆっくりと、聞きたかったらしい曲を探して、流しはじめた。

スピーカーから流れたのは、わたしが聞いたことのない曲だった。

(今思うとiPodを聞くスピーカーは寝室にはなかった気がするので、ヘッドフォンを片方分けてもらったのかもしれない。記憶はあいまいだ)

日本語で女性ボーカルでハスキーにつぶやくように歌うその声はいかにも夫好みだった。

歌詞はたしか、さようなら、だか、ありがとう、だか、いま、もう臨終が近いこのときにこの歌を聞きたいということはこういう心境ということか…といろんなことを考えさせられてしまうような内容だった。

夫はすぐに曲を止めてしまった。わたしからしたらものすごくスローな曲だったけれど、もう本当にあちらの世界に足を突っ込んでいた夫にはそれでもテンポが速くて追いつけず、「覚えていたより騒がしい曲だった」とのことだった。

あの曲は、誰の、なんという曲だったのだろう。

わたしは、いろんなことを知らない。そして、いろんなことを忘れている。知りたい気もするし、思い出したい気もするけれど、でも、自分が今生きていくためには知らないまま、忘れたままのほうがいいこともたくさんある気がする。

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