こんにちは、久しぶりの更新になります。
定期的にクラスに来てくださる皆さんには個別にお伝えしていたのですが、じつはこの9月に心臓の弁膜に問題があることがわかり、10月に手術&入院することになり、そのためにクラスとセッションをお休みいただいていました。
まだクラスとセッションはお休み中ですが、おかげさまで手術は無事に終わり、経過も順調で、今は術後のドレインの傷が癒えるまである程度の時間を待つこと&必要な心肺のリハビリトレーニングをすることをして時間を過ごしています。
春ごろからずっと体調がイマイチで、原因が謎だったので(更年期かと思っていました苦笑)、理由がわかり、しかも治療を受けることができ、こうして回復の過程にあることを心から嬉しく思います。
待っていてくださる皆さん、ありがとうございます。
そしてたくさんの励ましをくれた友達にも、ありがとう、です。
さて、ヨガやヒーリングを通じて、とりわけ神経系のことを興味深く学んでいるので、「癒しは進化成長と同じ方向のベクトルで起こる」ということは知っていましたが、今回、自分が病気と手術を体験したことで、それをより体で実感することができました。
癒される、というのは、元に戻ることじゃないんです。
治る、というのも、元に戻ることじゃありません。
その経験を経て、新しい環境の中で、生命が新しい調和を見出していくのが癒しであり治癒。
元に戻れない、というのは考えようによって悲しいことですが、そもそもわたしたちの生命は常に動的に新しい環境に適応して変化しているので、今日のわたしと明日のわたしどころかさっきのわたしと今のわたしも同じではないのです。
だから、元に戻る、前のようになる、ということを目標にするのはすごーく不自然なんですよね。
一度受けた傷はなかったことにはできない。
けれど、その傷を受けてなお、新しい調和を生命は見出すことができる。
その生命のもつ力(わたしは奇跡と呼びたい)に心を開くことが、癒し、引いては進化成長を促進する——そのことをこれまで以上に全身で納得できた気がします。
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さらにもうひとつ、この手術入院体験によってわたしが実感したことは、現代医学の素晴らしさです。
ヨガやヒーリングをする人はときに医学に否定的な見解を持つことがありますが、わたしは両者は立脚する理論が全然違うもので、互いの苦手とするところを補完し合うために存在していると思っています(なので、今、師事しているShashiを筆頭に、医学を否定しない指導者を必ず選んできました)。
基質的な問題に対して直接手を入れて修復する、いわゆる手術はヨガやヒーリングではできません。基質的な問題があっても症状が軽く共存できるならホリスティックなアプローチは有効と思いますが、わたしの場合は発覚した時点で心臓に大きな負担がかかっている状態だったので手術一択でした。
一方、術後の回復は、一人一人の持つ力に委ねられるところが大きいのですよね。現代医学では薬というサポートをしてくれ、そこには感謝と尊敬の念は変わらずありますが、もっと大きな生命の力みたいなものを引き出すことは医学の得意とするところではない、というのはきっと多くの人が同意してくれると思います。そして、ヨガやヒーリングがすごく役立ってくれるのはこの領域なんですよね。
それでいうと、医療の補完になるようなヨガやヒーリングをもっと提供できるようになりたいな、という新しい個人的な目標?願望?も芽生えました。
そのために何が必要だろう? また足りないものを探して動きまわりたくなりますが、まずは願いを天に投げて、天の声(風向き)がどう反応してくれるか感じ取って、流れが生まれた方(しかも、「これだ」と感じた方)に乗りたいと思います。
早ければ11月の半ば以降、遅くても12月の今年中にはクラスとセッションを再開できる予定でいますので、引き続きお待ちいただけるととっても嬉しいです。
(それまでもブログはちょいちょい更新するかもしれません)
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