作成者別アーカイブ: Fay

5.19.2020

わたしが日本を離れるとき、
実家の両親とやりとりをするために
両親にSkypeを教えていった。

あれから6年が経った先日、
父親が言った。
「FaceTimeのほうがやりやすいから
今後はFaceTimeにしないか?」

70半ばの父には最初に教えた
Skypeが精一杯であろうと
わたしは思い込んでいたが
そんなことはなかったのである。
さらに言えば、PCよりも
スマートフォンをよく使うようで
まるでいまどきの若者のようだ。

自分に対して「できないに違いない」
と思うことはだいぶ減ったが
他人に対して「あの人には無理だろう」
と思うことはまだ結構ある。
もちろん悪気があるわけではないが、
でも、それも思い込みというか、
単にわたしから見た判断に過ぎない。

人を信じるということは、
その人の言動を信じるということだけでなく、
その人の可能性やもっと大きな何かを
信じるということでもあるな。

「わたしってこういう人」を
とっぱらってみる。
「あの人ってこういう人」を
とっぱらってみる。

自由というのは、
言動の自由だけじゃなくて、
どういう思考、見方を選ぶかの自由なのだ。

Today’s Quote
“Your power is in your thought. Not in your response to life.”
ーAbraham(Hicks)

05.18.2020

忙しくてブログの更新が少し滞った。

忙しいというのは正確ではないかな。
特集を抱えていたりして
頭がいっぱいという意味の忙しさ。

わたしが、ブログのような
求められてもいない文章を書くのは、
頭の中にもやもやとした何かが
たくさんあるからだ。
言葉を書き始めるとそのもやもやは
意識できる形になって、
頭の中の所定の位置に整理される。
「あ、右上に置いておいたこれと
今回のこれは同じジャンルだな」
というような発見も起こる。

が、しかし、仕事で考えることが多いと
頭の中のもやもやはすべて
仕事の原稿にかかわるものに支配されるので
こういうブログのような
テーマのない文章を書く余裕がなくなる。

逆に時間的に忙しいけれど
ただ忙しいだけで頭の中に余裕があるときは
短い時間でまるで排泄するかのように
たくさんのブログを書けたりする。

ところで、先日、知り合いの10歳の息子さんが
作曲したということを知った。
とある物語を読んで、
それを表現しようとして曲ができたという。

物書きが頭の中を言葉で語るように、
音楽家は頭の中を音で語るんですね。

写真家は写真で語り、
踊り手は踊りで語る。

というわけで、今日は何のテーマもなく、
ただ、このブログを読んでくださっている
友達と家族に向けて、
「ブログの頻度が減っていますが元気です。
ただ頭が忙しいだけです」を
伝えたくて書きました。

ブログの頻度が減っているのは
サーフィンおやすみの間に
新しい日課をどんどん増やし、
そこからまた
サーフィンを復活させたため
新しい生活リズムの中に
ブログをアップデートする時間を
まだうまく捻出できないせいでもあります。

05.14.2020

ハーバード大学の教授でもある精神科医、
ロバート・ウォルディンガー氏のTED TAlK
What makes a good life?を見た。

ロバート氏は、700人以上の若者の人生を
75年続けて追った調査の4代目ディレクター。
その調査の結果を共有してくれているのだが、
年を重ねて健康でしあわせに暮らす鍵は
「リレーションシップ」にあるという内容で
人間とはやはり社会的な生き物なのだなぁと
わたしの心に深く刻まれたのであった。

この場合のリレーションシップ、というのは
恋人や夫婦に限らず、家族、友人、
コミュニティーにおける人間関係のことで、
ロバート氏によれば数の多さではなく、
クオリティーが重要だそうだ。

わたしが信頼している治療家の川尻先生も
この回で話してくれた。
人間の健康については
肉体的な環境と同じくらい
社会的、心理的な環境も影響していると。

特に健康の話になると、
これは食べないほうがいい、
このような毒からは逃れたほうがいい、
などなど、体のことだけに注意を向けがちだ。
でも、健康とはもっと総体的なものの複合であって、
その毒を避ければ健康になれるというような
単純な話でないところが難しいとろでもあり、
しかし、面白いところでもある。

たとえば、健康になるために
食生活を変えることはきっといいけれど、
でも、その他の環境を自分に心地よく変えること、
また変えよう意図することも
食事を変えると同じくらいの影響力がある
可能性があるということですね。

わたしは、健康でない人
病気を持っている人がしあわせでないとは
限らないとは思っている。
両者は両立しうる。
一方で、しあわせを追求すれば、
結果的に健康になるとも信じている。

人は言われなくても本質的に
しあわせを追求してしまう生き物だと思うので、
むしろ意識するべきは、
「自分にとっては何が本当にしあわせか」の追求、
と言えるかもしれないですね。
そして、それはきっと人それぞれ違って、
人に押し付けるものでもないでしょうね。

05.13.2020

リビングに大きなL字型のソファーを買った。
購入前から、この新しいソファーには
犬は載せないようにしようと相方と話していた。

というのも、もっとお客さんを
呼べる家にしたい、というのが
ソファーを買った大きな理由だからだ。
お客さんが皆、犬好きとは限らないし、
犬好きだったとしてもソファーに座ったら
犬の毛まみれになってしまうような
おもてなしは我々がしたくない。

先日、ソファーの大きな箱が届いた。

犬達はそわそわと興奮して落ち着かず、
ソファーが組み立てられると、
さて、この物体とどう向き合えばいいかと
我々の様子をうかがっていた。
こういうとき、真っ先に飛び乗る
ということをしないのが
なんだかとても愛らしい。

で、相方が座ったとたんに、
「あ、座っていいんだ!」とばかりに
ラブラドールのデイジーが飛び乗った。
が、「No」と言ったらしゅんとして
のそのそとソファーから降りた。
この一連のことだけで、
犬たちはこのソファーはダメだと
ちゃんと学んだらしい。
少なくとも乗ったら怒られることは
理解したようで、
我々の目の届くときは乗ってこない。

思った通りに犬達が反応してくれて
ありがたやありがたや。

が、しかし、思った通りでないことがあった。
ソファーに座ったときに
犬が真横にいないことは
わたしが寂しいのである。

結局、わたしはソファーを降りて
ラグに座って犬達をなでまわしていて、
まだほとんどファーを活用していない。

まあ、それこそお客さん用に買ったわけで
お客さんが来たとき使えばいいから、
それはそれでいいのだけど。

ユパが来て11カ月。デイジーが来て8カ月。
まだたったそれだけなのに
犬のいなかった生活がもう思い出せないくらい
昔のことに感じる。

05.11.2020

土曜日にサーフィンを解禁したら
日曜日に喉が痛くなった。
相方もまた同じで、彼はさらに
土曜の夜にお腹を下した。

もしかして、コ、コ、コ、、、か!?
と気にしつつ、しかし熱もなく咳も出ず、
味覚の変化も感じなかったので、
普段、風邪の引き始めにする対策を講じた。
具体的には、ビタミンCを摂る、
エキナセアを摂る、
マヌカハニーを舐める、
ティートゥリー精油を希釈してうがいする、
無理をせずよく寝る、
といった対策だ。
すると月曜の朝はすっかり改善。
となると、海水もしくは赤潮が
原因だったかもしれないと相方と分析した。

海に入ると浄化されるとよく言うし、
精神世界的なレイヤーでそれは真実に感じるが、
ミクロの世界で見ると海水は細菌だらけである。
いまの時期に限ってはそこに赤潮という
大量発生したプランクトンもいた。
それでもこれまで平気だったのは
毎日入っていて体が対応していたからじゃないか。
この1カ月半は海に入っていなかったし、
なんならコロナ対策のために
手洗いしまくり、消毒しまくりで、
いつも以上に清潔な環境にいた。
清潔に慣れた体で汚い海に戻ったら、
とたんにこうである。

ウイルスとは出会いたくないが、
それなりの関係を築ける菌とは
日頃からほどほどに仲良くしておきたい。
なんて思ったが、よく考えると
何もしなくても日々の世界は
菌だらけなのだということを
これを読んで思い出した。

この騒ぎになる前の昨年の記事だが、
身の回りのいろんなものから菌を採取して
免疫学の先生に聞くという
面白い企画だった。
正確な情報を正確に伝えるのもいいが、
こういう緩めのアプローチは
ほっこりさせてくれて、いい。

Today’s Quote
“Nobody can make you feel inferior without your permission.”
Eleanor Roosevelt

05.10.2020

キングコングの西野さんが
相方の梶原さんに送った手紙
という動画
がすばらしくて
心底感動した。

わたしはリアルタイムでは
事態の経緯を知らないのだが、
西野さんの動画によれば
梶原さんのチャンネルが炎上したと。
その梶原さんに相方として
伝えたいことを動画にしているのだが、
これがちゃんとエンタメになっていて、
梶原さんの行為に対してツッコミまくり、
動画を見る人はくすりと笑わされる。

感動したのは動画の内容そのもの以上に
西野さんという人に対してだ。
動画はわたしのように事態がわからない人も
これを見ただけで経緯がわかるようにできているうえ、
このような状況では梶原さんをツッコむことが
一番、梶原さんを救うことになると
考えてやっているんだろうというところに
西野さんの知性というかすごさを感じたのだ。

わたしは西野亮廣さんのことを
じつはよく知らないまま、
勝手に苦手に思っていた。
昔、テレビで見ていた頃には
面白いと思ったことがなかった。

だけど、いま、インターネットを通して
西野さんを知るようになってくると、
この方がやっていることは、
わたしがテレビで「これがエンタメだ」と
思い込んでいるものとは違う形というだけで、
やっぱりエンターテイナーなんだと思わされる。

ご本人も『西野エンタメ研究所』で
いつか語っていたけれど、
テレビ全盛期が用意した
「お笑い芸人たるものこうであるべき」が
西野さんにはフィットしなかっただけなのだ。
わたしはテレビで面白くなかったから、
面白くない人認定してしまっていただけで、
西野さんの面白さは、わたしがテレビを見て
勝手に規定していたのとは
違うジャンルの面白さであったのだ。

これは、自分のしている
あらゆる活動にも置き換えられる。
たとえば自分は自信を持ってやっていることが
どうしても評価されないとき、
そもそも評価を求めるフィールドが
違っているのかもしれないという視点を
持っておくのは良さそうですね。

自分が心から信じてやっていることであれば、
そもそもそれはどこのフィールドにいけば
求めている人がいるのか、と考えてみる。
求めている人というのを、
喜んでくれる人と置き換えてもいいと思う。

同世代の間では「またこれか」と飽きられていることも
上の世代に差し出したらすごく助かると
喜んでくれるかもしれない、とかね。
この考えがうまくいけば、
自分のやりたいことを諦めることなく、
かつ自分のやりたいことで人を喜ばせるという
ウィンウウィンの関係ができるものね。

Today’s Quote
“There is not limits. The limit of how much good you will let in is only the limit of that which you are wanting and the limit of that witch you are allowing.”
Abraham (Hicks)