Essay Category

強制冬眠から解き放たれたシニアたち

カリフォルニア州の州知事のニューサムさんが、4月1日からは50歳以上の全員、15日からは16歳以上の全員が567ワクチンを接種できる対象になると発表した。 サンディエゴ群では他の国・地域と同様に医療従事者など感染リスクの高い仕事をしている人たちから接種をスタートしていて、現在は、一般(特に感染リスクの高い仕事でない人たち)では65歳以上が接種可能。さらに、それより若くても、持病があるなど感染した際に症状が重くなる可能性が高い人たちは16歳以上から接種できる状態で、4月早々には一般の人でも50歳以上は接種できるようになると聞いている。わたしの年齢に順番がまわってくるのもう近い。

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燃えるわたし

パンデミックをきっかけに急速に進んだオンライン化のおかげで日本で行われるセミナーやワークショップに、アメリカで暮らすわたしも参加できるようになった。もちろんアメリカで行われるものにも参加できるものだから、「これ参加したい!」というもの全てに参加すると、毎日けっこう忙しい(苦笑)。 オンラインのセミナーやワークショップと一言で言っても、Zoomはもちろん、Clubhouseからオンラインサロン、SNSのライブまで配信形式にさまざまな形がある。おかげで、そのセミナーやワークショップから学ぶというだけでなく、結果的にわたしのITリテラシーがちょっと上がっているという現象も起こっている(もともとのわたしのスタンダードは決して高くないのです)。 それぞれの配信形式の特徴も自分なりに学んでいる。Clubhouseは、基本その場にいあわせた人たちにのみ配信される記録の残らない音声メディアなので、この話は公だったら聞けないだろうなっていう話を聞けるのがとても面白い。公に聞けない話っていっても汚い話や暗い話というわけでなくて、たとえばわたしの興味がある動作学関連でいうと、医療やリハビリなどの現場で起こっている現実を、これが公の場もしくは記録として残るならあえて言わないだろうという内容のことを医師から聞けたりするし、誰かが聞いていることを想定してわかりやすく解説するというよりは、専門家たちが専門家たち同士でしている会議を傍聴している印象で、それゆえにレベルの高いというか、専門性の高い話を聞けるのが楽しい。

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短歌熱、再燃、か!?

10年位前にやっていた自分のブログを久しぶりに読み返した。いまはもう公開はしていなくて、自分だけが読める設定で記録として取ってあるもの。その存在さえ忘れていたのだが、ふと思い出してつらつらと読み始めてしまった。いろんな期間にまたがってなかなかに長く続いたブログであったが、前夫の闘病中、そして彼の死後の私のグリーフ中に、わたしは写真と五七五七七の短歌のスタイルをとった詩をたくさん書いていた。それがまた、えらくすばらしくて我ながら心を打たれた(笑)。 もちろん、わたしは自分が体験したことだから、その気持ちに共感できるのだろうし、みんなにとっていいかはわからないのだけど、ちょっといくつかお披露目させてください。

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偶然か、サインか

すこし前のベストセラー『Atomic Habits』を読んでいる。原書も難しくないよと言われて英語で読んでいるがたしかに難しくないので英語の勉強のために洋書を読みたい人にもよいのではないかと思う。 内容は、人生とは小さな習慣の積み重ねでできている、だから、小さな習慣を変えれば人生が変わる、という話で、どうしたら小さな習慣を変えていけるかという指南書。まだ全部読み終えていないが、「そうそうそうなんだよ」と膝を打ったのが「習慣を変えるためにはアイデンティティーから変えなきゃいけない」ということ。わたしがこのブログでもよく書くことだけど、セルフイメージをまず変えてしまうってことが、習慣を作るのにすごく大事なのだ。 って、つまり、わたしがこの数年、体得したことは、一所懸命ブログで書かなくてももうとっくに人は知っていて、しかも本にまでなっているということが同時にわかったのでもありました(苦笑)。

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瞑想アディクト

朝と晩の瞑想を日課にするようになって1年以上が経ったいま、わたしは瞑想なしではいられない体になってしまった。大げさだけど、でも、瞑想をはしょると自分が自分のセンターにいない(?)みたいな感覚がすごくわかるようになって、それが気持ち悪くて、歯を磨いていないのと同じくらいの気持ち悪さなので自然とやるようになった。なので完全に日課になったと言える。 じつはそれより前から瞑想は定期的にしていたつもりだったのだけど、ここまでの効果は感じていなかった。やれば気持ちいいのだけど、やらなくてもそれはそれで平気だったので、さすがに毎日、朝と晩、どちらもやるってことはしていなかった。しかし、Self Realization Fellowship(SRF)のクリアバンになりたいという単純かつ不純な動機のおかげで毎日、朝晩することを始めた。なぜならSRFが教える瞑想のテクニック(他にもあるけど)を日課にして一定期間を経たないとクリアバンになる資格をもらえないので。SRFの瞑想法そのものがよかったのかもしれないが、とにもかくにも実践して1年が過ぎてわかったことは、瞑想は習慣として一定期間取り組んだときに、本当の意味で効果を感じるってことだ。もちろんその一時のすっきり感はあるんだけど、それをある程度続けると脳が変わりだすのだと思う(実際にそういうデータはいくつもある)。いまは、昔だったらこんなふうに冷静な反応はしなかったわ、と思えるような反応が自然と出てくる。この変化は本当に面白い。

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しあわせは時空を超えて

亡くなった前夫と一緒に暮らし始めたのは2010年の2月の終わりだった。それまでもいろいろあってくっついたり離れたりの腐れ縁だったけれど、2010年の2月に彼の家に住み始めたときは、一生を共にするのだという覚悟の上だった。 当時、わたしはフリーランスのコピーライターで、「うちで暮らすならうちにちゃんとした仕事用のデスクが必要だね」ということになって買い物に出たのは春がくる前のことだったと思う。新しい暮らしが始まるんだとわくわくして出かけたのに港北のIKEAに着いたらわたしの胸はざわざわしはじめてしまった。机を買ってしまったらもう後戻りできない、と思った。彼と一緒に生きることに対して覚悟はできていたつもりだったけれど、やっぱりどうしても親が気になった。

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