07.28.2020

2泊3日のセドナへのロードトリップから無事に帰ってきた。セドナでは吉兆としか思えない出来事に次々と出会い、2012年の初シャスタの時くらいパワフルで忘れられない旅になったのだが、それについてはまたいつか機会があったら書くことにして、今回は自分が、一人で、車で6時間かけて出かけた、その自分の成長をほめたくて記録しておきたくて書く。

行ったことのない場所に、一人で運転していかねばならないという不安を乗り越えたことは非常に自信になった。車が行き交う大都会を旅するわけじゃないので、運転そのものが不安だったわけじゃない。想像できると思うけれど、アメリカの道(特に州から州をまたぐ道)は途中でなーーーーーーーーんもない、というところがけっこうな距離続いたりする。給油のタイミングを間違えてガス欠しちゃったらどうしようとか、給油で選んだ街がじつはゲットーで治安が悪くて怖いエリアだったらどうしようとか、途中は砂漠で炎天下の中355マイルも運転してオーバーヒートしたらどうしようとか、悪路でタイヤがパンクしたらどうしようとか、そういう不安。あと、眠気。355マイルっていったら570キロ?くらいで東京ー神戸より長いのだ。

実際に行ってみると、内陸には山越えの道があって、しかも山は岩山で「落石注意」とあって、ちょっと先には風力発電の風車が立っているくらい風がびゅんびゅん吹いていて、延々とくねくねと下り坂が続き、すぐ隣には長距離輸送の巨大なトラックが並列でたくさん走ってて、私の心拍数は上がりっぱなし。ああ、日本で、お父さんに、下り坂ではオートマでも2レンジにギアを入れると習っておいてよかった…。帰りは上りだからよかったが、今度は逆に「ここから60マイルの間は注意が必要なエリアだからオーバーヒートを防ぐためにエアコンは消せ」って看板があってそれはそれで恐ろしかった。実際、立ち往生している車を2台見た。

高速はメキシコ国境ぎりぎりを通っているので、途中でBoarder Contorolのチェックもあったし、カリフォルニア州からアリゾナ州に入ってすぐでも、検査があった。わたしは、CBDオイルを持っていたので、「あれ、アリゾナ州はTHCが微量でも入っているのはダメなんだっけ?(カリフォルニア州はOK)高かったのに没収されたらどうしよう」とか、異常に焦って緊張したが、そんな細かいことはもちろん検査の対象ではなく(笑)、「Hi, how’s it going?」「Good. Thank you」「Have a good trip!」という会話しながら車の中を覗き込まれたくらいであった。

というわけで、セドナ(正確にはお迎えに来てもらうフェニックス)への行き帰りだけでも、わたしにとって大冒険で、「チッチの大冒険」とでもタイトルしたいトリップであった(「チッチ」は亡くなった夫が呼んでくれていた特別なあだ名です)。自分が行きたい場所に、自分の足で、恐怖に打ち勝って行ったってことが、なんか、すごく大きなことでした。一度打ち勝つと、このエリアはもう恐怖を感じるエリアでなくなる。つまり、自分が快適と思えるコンフォートゾーンが一段広がるということで、人間もでっかくなる(と信じる)。

ここでは何度か書いているけど、私は、こんなふうに車の運転がそこまで好きでないくせにVan Lifeをしてみたいという夢がある。この間はエイに刺された友人を送り届けるために友人のバンを運転するはめになって、大きな車も大丈夫という自信になり、今回は、355マイルのソロ・ロードトリップで、(車さえ整備しっかりしていれば)長距離の運転も大丈夫と、もうひとつ自信を重ねた。アメリカ暮らし6年強。たくましくなりました。そして、それは、望んできた自分の姿でもありました。

帰ってきたら、InstagramでWomen Enpowermentのチャレンジがまわってきていた。こういうチャレンジバトンはきりがないので(考えようによっては形を変えた昔のチェーンメールだと思えちゃうときもあるし)、パスさせてもらうことも多いのだけど、自分の心境とタイミングがぴったりで、ちょうどよい写真をセドナで撮ってもらったところだったし、大好きなヨガの先生がこのテーマでわたしを指名してくれたことが純粋にうれしく、今回はチャレンジに喜んで乗った。

私が、海外に住みたいなと、本気で思ったのは、20歳の時、親友の一人と、ロサンゼルスの片田舎に1カ月程ホームステイ(遊学)させてもらったときだった。その時、ホストファミリーはラスベガスに行く途中でセドナに連れていってくれた。当時はセドナなんて場所は知らず、言われるままにくっついて回っていただけだったので、ほとんど何も記憶がなかったけれど、今回行ったら記憶に残っていた景色がいくつかあって、あれから25年後に、アメリカ在住者として、自力でこの地にこれるようになるとは、と、人生という旅路の深遠をかみしめたのでありました。Life is good.