感情ナビゲーションを使いこなそう

自分には「肉体の自分」を超える大きな大きな「意識の自分」がいる。目線を逆にすると、「肉体の自分」は大きな「意識の自分」のごく一部である。

意識の自分は本当に大きくて、いろんな人の意識と繋がっているので、どの瞬間も、どうすることが全体でベストかよく知っている。

たとえば、明日会う人に渡すお土産を包む包装紙が必要だ、となった場合。

自分の家に包装紙がないので、肉体の自分は、どこかに買いに行こうとする。

けれど、意識の自分は、壁の向こう、隣の部屋の隣人が包装紙を買いすぎて余らせていることを知っている。

この場合、意識の自分は、お隣さんに包装紙をもらったほうが自分にとってもお隣さんにとってもハッピーだと知っているから、肉体の自分に合図を送る。

肉体の自分は、「ふと」「なんかしらないけど」お隣さんに挨拶してから行こうかなと思ったりするわけだ。

でも、多くの人は、この「ふと」「なんかしらないけれど」の感覚に従わない。

「お隣さんに挨拶? もう閉店時間が近いから話し込んじゃったら包装紙買えなくなっちゃうから、買い物を先にしなきゃ」とかね。

結果、本来ならもっとシンプルにスムーズに進められるはずのことに労力をかけてしまう。

もちろん、それが悪いわけじゃない。ただ、包装紙をもっとシンプルにスムーズに手に入れることができれば、包装紙を買いに行くつもりだった時間を使って別の面白いことができる。

本当は、その余った時間で別の面白いことを楽しむという部分にこそ人生の醍醐味がある。けれど、多くの人は、必要だと思うものを手に入れることに追われて、それが人生だと思っている

自分が両方を体験したから、自信を持って言える。

人生の醍醐味を味わうためには、まずは「ふと」「なんかしらないけど」という感覚を大事にして、従うこと。

ただ、現代社会はロジカルなことこそよしという風潮があって、「ふと」「なんかしらないけど」は軽視されてしまい、いつのまにか多くの人が意識の自分とコミュニケーションを取ることを封印してしまっている。

だから、感覚が鈍って「ふと」「なんかしらないけど」を感じ取れなくなっている。

そこで使えるのが、感情というナビゲーションシステムだ。

気分がよければ、意識の自分と近づく方向に向かっているということ。

気分がよくなければ、意識の自分から遠のく方向に行っているということ。

いま、この瞬間の気分はどう? できれば瞬間瞬間に確認できるのが理想だけど、まずは何か行動をするときやふと我に返ったときに自分の感情を確認することから始めるといい。

もし気分がよくなければ、気分がよくなることを探す。

何が気分いいかはそのときの自分の意識の段階によって変わるので、「前はこうだった」というのにはとらわれずに、今のその瞬間の気分に忠実に。今その状況の中でできる範囲の気分がよくなることを見つければいい。

たとえば、嫌なことをされたとき、それをした人について悪口を言いまくることが気分いいという段階もあれば、その人について考えるより他の楽しいことをしたほうが気分がいいという段階もある。

悪口を言うほうが気分がよかったけど、ずっと言っていたらある段階で、いまはもう悪口は気分よくないという段階もくる。なので、何がいい気分かは一瞬一瞬で変わることも知っておくといい。

以上は、宇宙の意識存在であるエイブラハムの教えから、自分が実践して体得できたこと。

エイブラハムの教えは一般に「引き寄せの法則」と言われていて、実際そうなんだけど、根本は意識の自分と肉体の自分をつなげる方法を説いている。両者が繋がることは「本来の自分で生きる」ことでもあって、しあわせに生きることでもある。

騙されたと思ってやってみて。一週間続けることができたら知覚していた世界がこれまでと変わり始めるよ。