パーキングの神様

最近、わたしにはパーキングの神様がついている。

誰もが頭を悩ませる駐車激戦区でも必ずわたしのために駐車スポットをあけてくれる神様。

それも、目指すお店のすぐ前とか、縦列駐車が得意でないわたしでもストレスなく入れられる場所とか、全ての希望を満たした駐車スポットをあけてくれる。

裏話をすると、じつはある時、自分(と相方)に暗示をかけたのだ。「駐車場があくと信じたら絶対あく」という暗示。そしたら本当にびっくりするくらいのタイミングで、びっくりするようないい場所があいた。

おかげで、ちょっと本気を出して信じることができるようになり、信じるほどますます「駐車場運」が上がるという好循環が続いている。

今では、もはや自分たちの駐車運の良さを疑っていない。この状況を我々は「パーキングの神様がついている」と言っている。

以前なら「パーキングが大変そうだから諦めよう」と言っていたような場所でさえ、「我々にはパーキングの神様がいるから大丈夫」と出かけるようになった。そして、実際、パーキングはあく。

もしかしたら、これまでは1分ぐるぐるしただけで諦めていたところを3分粘るようになったからあくようになっただけかもしれない。「あそこはさすがにあいていないだろう」と最初から探しもしなかったような場所まで目が向くようになったから見つかるようになっただけかもしれない。

でも、それもこれも、「絶対あくと信じる」と「決めた」からだ。

これまでだって3分粘っていたらあいたかもしれない。激混みの場所にも目を向けていたら見つけられていたかもしれない。でも、信じると決めなかったらその行動はしなかったと思う。

まず、「信じる」と「決めた」ことが違いを生んだのだ。

裏を返すと、駐車場が見つからなかったときは、無意識だったけど、「駐車場はあいていないもの」っていうことを「信じて」「決めて」いたと言える。

そんな風に、無意識のうちに信じて決めてしまっているものって結構あるから、そういうのを細かく細かく見つけていって、ひとつひとつを自分がハッピーになれる内容に意識的に決め直すとどんどん軌道修正されて日々にしあわせが増える。

まだまだ自分に問い続けようと思う。いつのまにか信じて決めている、自分をしあわせにしないこと、他にないかな?