09.17.2020 今日のつぶやき

サンディエゴ在住の栄養学博士で、わたしの憧れの女性の一人である、有馬佳代先生の今回のブログがおもしろかった(こちら)。「パッシブアグレッシブ」について書かれているのだけど、20代、いや、きっと30代のわたしもこんなんだった気がする。精神的に幼かったなぁと、亡くなった前の夫にあやまりたくなる。

たとえば、わたしがめずらしく仕事で遅く帰っても、洗濯物が取り込まれていなかったとき、わたしは、「取り込んでいてほしかった」ということを一言も言うことなく、ただ不機嫌に、これみよがしに一人で洗濯物を取り込んだりした。「ああ、ごめん、気づかなかった」と相手にあやまらせる隙さえ与えなかったのではないかと思う…もはや記憶は曖昧だけど…。

いまなら、「取り込んでおいてほしかった」ってまず言うと思う。しかも、怒ったり責めたりせずに、「そうしてくれたらうれしかった」とかわいく言う。そのうえで、疲れているから取り込むのを手伝ってくれ、とも言うと思う。取り込んでおいてほしかったって言われるのも嫌だろうし、手伝ってって言われるのも嫌かもしれないけど、何にも言わずに不機嫌な感じで黙って目の前で洗濯物を取り込まれるほうがよほど嫌だろうと思う。しかも、手伝う隙さえ与えないくらいの勢いで。まあ、アメリカの場合は洗濯物を外に干すってことがないのでこれはあくまでたとえだけども。

自分のご機嫌は、自分で取ろうよってことですね。誰かの「せい」で不機嫌になっているとしても、それは結局、自分で自分に責任を持ってないことを露呈しているだけ。自分ではそんなつもりなかったけど、振り返るとやはり若いときは、自分のご機嫌が人によってかなり左右されていた気がする。ああ。いま、この成長したわたしで、亡夫に会ってみたい。