タグ別アーカイブ: ホリスティックヘルス

何を選んでも間違いはない

川尻先生にホリスティックな視点で見る健康についていろいろ聞いてみるブログ、「川尻先生!ホリスティックヘルスって何ですか?」を更新しました。

第8回:脳のプロセスが間違うことはあるの?

川尻先生はこのブログで当初から、全ての症状、病気は、インプットを脳がプロセスした結果のアウトプットであると解説しています。

インプットというのは、生物学的、心理的、社会的な3つのジャンルがあって、どのインプットも同様に等しく、アウトプットを変えうるインパクトを持っているというのが第7回の話でした。

わたしはセラピストの資格を取ったくらいなので、体へのアプローチだけが大事なわけじゃないということはわかっていて、先生の話を聞くうちにアウトプットを変えたかったらインプットにアプローチすることが大事だということに対しても理解が深まってきました。が、その中で生まれた疑問が、インプットとアウトプットの間、つまり脳がプロセスする過程で問題が起こることはないのか、ということです。

第8回では、そのわたしの疑問について回答してくださいました。

最終的に先生がお話してくれたのは、「何を選んでも、どんな結果でも、『いまこの状態がベスト』と決める」ことの大切さ。これは、ちょっと前に、本田建さんの本を読んでわたしが気付いてこのブログで書いたことと似ていたので、ちょっとうれしくなりました。

直感を信頼するってこういうことか

直感を信じることの効果

何を選んでも間違いはない。いつだって最高のことが起こっている。そう信じるというより、そう決めてしまう。それが「前提を変える」ということ。前提が変わると見えることが変わってきて、つまりはインプットが変わって、アウトプットが変わってくるというのはわたしも実感しているところです。

今回はどちらかというと現時点ではそんなに症状や病気のない人に向けた内容となりましたが、次回は実際に不調を感じている人へのアドバイスも含まれる予定です。

更新頻度が低いのですが、気持ち込めて書いていますので、ぜひ時々のぞいてください!

痛みの正体

「川尻先生!ホリスティックヘルスって何ですか?」の第6回を更新しました。テーマは「痛みの正体」。

「体のどこかが痛いことと、その場所に問題があることは、関係がない」という考え方は、頭で理解したつもりでも、本当に理解して受け入れるのがなかなか難しいです。でも、川尻先生のお話をうかがってからは、意識的にそのような見方をして暮らしています。そうすると、少しずつ「確かにそうだなぁ」と納得できてきます。

たとえば昨日、わたしはなんとなく頭が重かった。これまでも疲れるとわりと頭痛に出ることが多くて、たいていの場合、一眠りすれば治るのだけど、仕事があったのでそういうわけにもいきませんでした。

ただ、ありがたいことにそれぞれの仕事の優先順位は好きに決められるくらいの状況であったので、やらなきゃいけないことよりも、自分がちょっと楽しい仕事を優先することにしました。

具体的には自分のペースで外を周り、写真を撮る仕事。朝のうちに済ませて昼間は前から行ってみたかった海辺のカフェで一息入れました。

この時点でわたしの頭の重たさは少し改善されていました。脳の中のスレッド(生命の脅威、つまりストレス)が増えると痛みが出て、それが減ると痛みは減るという川尻先生の話はやっぱりその通りだなぁと感じたところで、もう一つ不思議というか面白い出来事がありました。

そのカフェにはリーシュにつながれていない看板犬(ゴールデンリトリーバーの老犬)がいて、店内の好きなところで寝ているのですが、そのワンちゃんがわたしのところにやってきて挨拶をして(顔を撫でてと鼻を突き出してくる)、その後、わたしの足元に寝そべったのです。

その瞬間、日本にいる愛犬(ラブラドール10歳)を思い出して、懐かしくてちょっと泣けました。そして、思わぬ心の奥の本音が出てきたのです。

その本音とは、「わたし、本当は、日本が恋しい。カリフォルニアで暮らしていくことは不安が多くて心細い」。

何が不思議で面白かったかというと、この後、頭痛がぴたりと治ったことです。

自分では、聞いていなかった心の声を聞いたことが関係しているんじゃないかと思いました。

もちろん、心の本音が聞こえたから、じゃあ日本に帰るかというとまたこれは別の話。ポイントは、カリフォルニアで暮らす決意をするのは変わらないとしても、本音を覆い隠して「カリフォルニアが楽しいからここにいると決めた」というのと、本音を受け入れて「不安で心細くて日本が恋しいけれど、でもカリフォルニアでも楽しむと決めた」というのでは違うということですね。

前者だと自分への嘘になる。後者だと、自分の本音を受け入れてなお自分で決めている。同じ決意をするのでも、自分に嘘があるのと、自分の本音を受け入れた上で決断するのとではそれこそバイブレーションが違うのだと思います。

何か望まない状況があった場合、そこで前向きな思考ができることが理想ですが、望まないのに望んでいると思うとそこにはバイブレーションのずれが生じてしまいます(それを「抵抗」のエネルギーとも言える)。望まない状況であることは受け入れて、それはそれで、でもその上でこの状況を楽しむと決める。小さな違いだけど、けっこう大事なポイントだと思います。

わたしのこの文章は川尻先生のブログの第6回の内容とはだいぶ違う内容になりましたが、こちらも面白いのでぜひご一読ください!

【お知らせ】本当のホリスティック医療って何だろう?

企画・編集・取材・執筆している『川尻先生!ホリスティックヘルスって何ですか?』の第5回「現代医療のベースは解剖生理学、代替医療のベースは?」をアップロードしました。

わたしは20代後半から30代前半にかけて抑うつ状態でアームカットがやめられず、抗うつ剤を飲んでいた経験があります。そんな陰鬱な時代のとある日。街に出て、石けんやボディーソープ、シャンプーなどのサンプルを物色していたところ、惹かれるのは全て同じ香りであることに気がつきました。

オレンジの香りです。

じつはわたしは果物のみかんは好きではなくて、これまではオレンジの香りを好きと思ったことはありませんでした。でも、そのときに街で出会ったオレンジの香りは本当に気持ちがよくて、暗く孤独な心にあたたかな小さな火をくべてくれました。

「アロマテラピーってご存知ですか? アロマテラピーで使うオレンジの精油がこの商品には入っているんです」。そんな風に店員さんが説明してくれたので、帰り道、本屋に寄って、アロマテラピーの本を買いました。

見ると、オレンジの精油は「孤独を癒す」「うつを改善する」とあり、なぜかしらないけれど泣けてしまいました。

まあ、その頃はそもそもがうつぽかったので、些細なことでいつも涙が出ていたのですが。でも、そのときの涙はもっと前向きなものでした。自分の知らないところで自分はちゃんと自分を助ける香りを知っていて選んでいた、ということに希望を感じたのです。

意識している自分はうつで、何にもやる気が出なくて、この先の楽しいことを想像する元気もなかったけれど、無意識の自分は自分を元気にさせようとしている…それはつまり自分の深いところの自分は、自分を見捨てていないということ。だから、泣けたのだと思います。

そこからわたしはアロマテラピーにはまり、学校に通い、資格まで取りました。自然療法を学ぶうちに心身の関係にかんして興味が深まり、その探究はエネルギーとか意識とか精神世界とかまで広がりました。

川尻先生は、たとえば、「病気はメッセージである」というような、わたしとしては「そうだと確信している」けれど、「科学では説明できないので“スピリチュアル”な見方としてしか言えなかった」ようなことについて、論理的に科学的に解説してくれます。

第5回は特に代替医療の従事者、自然療法セラピスト、統合医療をめざして活動なさっている方には面白い内容と思いますのでぜひご覧くださいませ!