8.24.2019

エリーとお別れ。といっても、戻す先はシェルターではなく、フォスター(保護犬を預かるボランティア)の自宅で、そこには他にも何頭もの犬がおり、エリーには楽しい記憶があったようで、うれしそうにみんなの輪の中に入っていったので、別れた思ったほどつらいものではなかった。

フォスターによれば、早くもエリーに興味があるといっている人がいるそうで、この後、見にくるとのこと。ちゃんとマッチした家族と出会って余生をしあわせに暮らせることを祈って、早々に引き上げた。

ユパは帰りの車の中で、エリーがいないことを確認するかのようになんども車の後ろを覗いていた。けれど、それ以外には特にいつもと違ったそぶりはなく、帰ったらわたしの隣でお昼寝を始め、もともとの2人と1匹の生活に戻った。

エリーのいた夏が終わる。フォスターもわたしたちも、ちゃんと手続きをして、最初から細かいところを確認し合うことを怠らなければ、短期間で環境を二転三転させられるという、大人の犬にはストレスのかかることをさせなくてよかったのに、ごめんね。保護犬を引き取るということについてひとつまた勉強したので、次から気をつける。

なんだかオセロが戻ってきたみたいな、夢見たいな夏だった。ありがとう。

8.1.2019

テリア系の犬はこれまで飼ったことがないので、わたしにとってユパ(犬の名前)はいろいろ奇想天外で楽しい。子犬でまだ関節が柔らかいからかもしれないが、わたしから見ると15センチもないようなタンスの下の隙間にまるで猫のようにもぐりこんでしまう。出てこられなくなってクンクン鳴くのだけど、ここに入ったらそうなると学んだほうがいいと考えてしばらく様子見を決め込んでいたら自力でバックで出てきて、バタバタっと体を振って、何食わぬ顔でわたしの横にやって来た。

わたしが2階にいるときはだいたいそばにくっついてくるのに、突然1階に行って戻ってこなかったので怪しいと思って見に行くと、わたしの腰くらいの高さはあるエサ入れのフタを開けて中に入ってこの世の春とばかりに貪っていた。最初から1階で涼んでいたラブラドールのエリーが、2階から降りて来たわたしを認めて「ヤツはやってますけど、わたしは叱られるってわかってるから我慢してましたよ。わたしのことは怒らないよね?」というような顔つきで見ていたのもかわいかった。

日本で義理のお父さんと暮らしているラブラドールのオセロは、散歩中に松ぼっくりを見つけるとかぽっと咥えて、ガジガジと噛んで、ぽいっと捨てるのが好きだった。けれど、いつのまにかそれをしなくなったと気づいたのは夫が亡くなってからだ。ユパもいまでこそ毎日大変だけど、いまのようないたずら(本人にとってはいたずらじゃないだろうが)をいつのまにかしなくなるのだろうと想像すると、いまこの時期がうざったくても愛おしい。

1日1日が貴重である、同じ1日は二度とない、ということを、亡くなった前夫が病気のときはリアルに感じていて、だからこそ毎日全開で暮らしていた。彼が亡くなった後もしばらくはそうだった。でも、差し迫る理由がなくなったおかげで、少しずつその感覚を忘れていた。昨日より今日、今日より明日とわかりやすく成長する小さな生き物は、わたしにそれを思い出させてくれる。

7.31.2019

いまシャッターを切りたい!と思う瞬間が変わってきた。というより、この数年間、「これはブログのネタになりそうだ」とか「インスタ映えしそうだ」とか「これを撮っておいたらいつか仕事で使えそうだ」とか、自分の中から湧き出る以外の動機で写真を撮ってきたことに気がついた。

きっかけは子犬。もう一匹の大型犬と比べれば格段に小さいので見落としがちだが、抱き上げると1カ月半前に抱っこして家に連れてきたときよりずっと大きくなっていることがわかる。写真を比べると顔つきも違う。ああ、この、消えていく瞬間を残しておきたい。子どもを持って写真に目覚めるお父さんお母さんをたくさん見てきたが、こういうことか。

死別した前夫と暮らしていたときは、毎日そのような気持ちでたくさん写真を撮っていたことを思い出した。彼は憧れの人だったから、そんな人と暮らせることがうれしかったし、彼の病気がわかっていたのでこの日々はそう長く続かないかもしれないという気持ちもあって、どんな瞬間も忘れたくなくてシャッターを切りまくっていた。誰のためでもない自分のための写真。

そういう写真は、あとから見たとき、心に迫る。どんな心境でどんな心持ちで撮ったかが蘇る。ブログのためとか、インスタに映えそうとか、仕事に役立つかもとかいう理由で撮った写真にはこれはない。

わたしは写真が好きだったはずなのに、ここ数年はどうもそれほど気乗りしなかったのは、他人に見せるためにきれいな写真を撮ろうとしすぎていたからかもしれない。自分の心が喜ぶ写真を撮ろう。突然、そう決めた7月最後の1日。

子犬が我が家にやってきた

亡くなった夫は犬を飼っていた。彼と結婚したことで、その犬はわたしの愛犬にもなった。我々は夫のお父さんの家を二世帯住宅にした2階に暮らしていたから、犬は1階に暮らす夫のお父さんの犬でもあった。

賢く従順で愛嬌のあるラブラドール。

渡米したことで、ラブの世話はお父さん一人にお願いすることになったが、じつをいうと、滞在ステータスが落ち着いたらいつかその子をアメリカに呼び寄せようと当初考えていた。けれど、ステータスが落ち着くことが決まった1年半後に一時帰国したとき、犬とお父さんの間に育った確かな絆を見て、諦めた。

愛犬はそもそもお父さんが好きだったので一緒にいるのはしあわせそうだった。一方、一人暮らしの70代のお父さんにとって大型犬の世話を全部まかされることは、当然楽ではないと思うが、犬のおかげで散歩が日課になったり、犬を通して近所の人との交流ができたりすることは、いい張り合いになっているように見えたし、お父さん自身もそう言った。

何より気立てのいい犬で、夫のトレーニングがすばらしかったこともあり、無駄吠えや引っ張りなどをすることはなく、お父さんを困らせるようなことはまずしない犬なのだ。

これでよかったんだ、と思った。いや、正確にいえば、これでよかったんだと思うようにした。というのも、愛犬のために日本に残るという決断をしなかったことについてはいつもどこかで心に引っかかっていたので。まあ、逆に言えば、お父さんという、犬がなついていて、しかも安心して世話を任せられる人がいたから、アメリカに来れたのだけど。

いずれにしても、わたしには小さな自責の念があって、だから、定期的に日本とスカイプをして、お父さんとお話をしながら、お父さんと愛犬がしあわせそうであることを確認しては「これでよかったのだ」と言い聞かせ、日本の愛犬が元気なうちはわたしは犬は飼わないのだと密かに決めることで、自分を納得させてきた。

ところが、である。かつて14年間育てた愛犬を、3年前に亡くした相方が、ここへきて、犬をほしがるようになった。彼曰く、通りがかりの犬を見つけてははしゃいで犬としゃべりたがるわたしを見ているうちにスイッチが入ったのだという。

「いつか、そのうち」とはぐらかしていたが、数日前、何の雑種かもわからない、いずれは殺処分されてしまう大量の子犬の数匹を救った人が里親を探していることを相方が嗅ぎつけた。その子の顔を見た瞬間、「出会ってしまった」と思ってしまった。そして、我が家に突如、子犬がやってきた。

子犬がきてまだ数日だが、しつけをしたり、トレーニングをしたり、犬を間に挟んで会話をしたりしていると、亡くなった夫と愛犬と暮らしていた日々のことが蘇る。それは、悲しいというのではなくて、あの小さなあたたかなしあわせを、いま、違う人と、新しい犬と再度構築しているという事実に対する感慨である。

違う犬を飼うということはわたしにとってグリーフのプロセスがまたひとつ進んだということでもあるのだと感じた。人はたくましい。