02.25.2020

久しぶりにフェイシャルトリートメントを受けた。日本人エステティシャンのきめ細かさとホスピタリティーが懐かしく、フィトセラピー(アロマとハーブの専門家)の資格取得に燃え、学校の友達たちと練習のためにしょっちゅうボディーやフェイスのトリートメントをやりあいっこしていた頃を懐かしく思い出した。2008年〜13年にかけてだから、10年前後前。あの頃、それまでばりばり燃えていた広告出版の仕事を控えめにして次を模索していた。フィトセラピーを学んで資格を取ったけれど、プロとして稼ぐにはもっと経験と時間が必要だった。同時にマッサージセラピストに自分が向いていると思えなかったのも正直なところだ。憧れの人と結婚してお金の心配はなかったけれど夫は病気で治療法がないと言われており、この先何年一緒にいられるのかわからなかった。「あの頃の未来にぼくらは立っているのかな」っていう歌詞があるけれど、あの頃のわたしは未来にどこで何をしているか、まったく想像ができなかった。あの頃といまがつながっていると、時々、というか、結構忘れて生きている節があるのだけど、今日みたいに体感の記憶が自然と思い出されるとき、あの時間はたしかに現実としてあって、わたしの肉体の記憶にちゃんと刻まれていると実感するのだった。

02.24.2020

亡くなった夫はすごくクリエイティブな人だった。手先が器用で何でも手づくりできるというだけではなくて、発想力がすばらしく、その発想力を現実に形にするだけの能力と行動力と実行力があった。料理も上手だったが、「レシピ本のとおりに作って『おいしい』と褒められても、なんかズルをしている気がして心地悪い」とよく言っていた。彼にとっては、料理を作るというのはレシピから考えることであったわけですね。レシピ本を見て料理を作ることが当たり前と思い込んでいた当時のわたしには衝撃であったけれど、いまのわたしはおかげでいろんな独自料理にかかんに挑戦するようになった。料理だけじゃなくて、サーフィンも、コピーライティングも、アートも、かつてのわたしは「正しい方法」にこだわり、「正しい方法」を知るために「本を読んだり、人から学んだり」した。そのこと自体、否定はしない。既にいろいろな経験をして学んだ他人に教えを請うと、その人が試行錯誤のうえたどり着いた答えを聞けて、おかげでその人と同じような試行錯誤をする時間は短縮できるから。たとえば、先日まで通っていたスーザン・ウィックススランドのコラージュクラス。どんな素材が使えるのか、どんな手法があるのか、スーザンが自らやった失敗とたどり着いた結論を惜しみなくシェアしてくれたおかげで、一人でYouTubeなど見ながら独学で学んだら1年はかかったような基礎的な内容を数カ月で学べた。ただ、既に手法を確立している他人から教えてもらう内容が「正しい」わけじゃない。そういう観点も持っていると、本や人からの学びはさらに有意義になる。自由でいいのだ。そのことを心底納得するのに40年もかかっちゃった!

02.23.2020

前日、雨だったので海水汚染を避けるためにサーフィンはパス。珍しくショッピングに出かけたら、パンツに限ってBuy One Get One Free(1つ買ったらもう1つはタダ)のセールをやっていた。これはアメリカあるあるなんだけど、日本はセールというと割引が多いけれど、アメリカは割引ももちろんあるが、同じ価格で2つついてくるとか、量で勝負する傾向にあるのだ。基本、日本人マインドのわたしは、「いやいや2つもいらないから、1つで半額にしてくれ」と思う性分で、もう1つが無料だからといってほしくないものを買う気はしないのだが、今日に限ってはほしいパンツが4つも見つかり、しかも、日本でも小さい部類(足も長くない)のわたしにぴったりのサイズが在庫にあるというのも奇跡的で、「これは神様の思し召し」と信じ(笑)、いきなり4つもジーパンを新調。一見、衝動買いではあるんだけど、ずっと心の中で探していた形のパンツだったので、それだけで心踊るし、数年前に気に入って買ったけれど、いまいち着こなせていなかったあのブラウスに合うわ、などと考えるのもときめき、明日会社に行くことがちょっと楽しみになった。こういうとき、なんだかんだいって女だなぁって思う。たまの買い物も大事だ。

02.22.2020

コラージュ#3。途中まではなかなかいい調子なんだけど、最後のデティルの詰めで、いつもちょっとがっかりの結果になってしまう。今回はアクリル絵の具で色を入れたら、ちょっとイメージと違ってしまった…前回の#3はエンカスティックワックスで失敗した…。その度に、幼い頃、母に「あなたは詰めが甘い」と言われたことを思い出す。まあ、それも、作り続けているうちにコツを掴むだろう…。今日は雨でサーフィンに行かず、SRFの瞑想会に出席した。ヨガもそうだけど、一人で黙々とやるのと、みんなで一堂に会するのとでは、また全然違う。とりあえずいまは自分の瞑想体験がどんどん深まっているのが楽しい。

02.21.2020

昨年のわたしの誕生日に、ちょうどアメリカに撮影に来ているからと、亡くなった夫の親友であった映画監督と会った。そのときに撮影したドキュメンタリー番組がついに放送されるとのことで連絡をくれた。アメリカにいるわたしは視聴できないので、おそらく関係者だけが見られる特別なリンクを送ってくれたため、番組名なども公に言わないほうがいいと思われ、こんな曖昧な書き方になるけれど、とにかくその番組がすばらしくよくて、亡くなった夫だったら「あいつ、いい仕事してるな」と言うだろうなと思った。番組の内容がすばらしかったわけだが、それはつまり、それを企画した人、作った人、放送した人、すべてがすばらしいということでもあり、ああ、そういう現場に携わりたいな、と久しぶりに意欲が燃えた。あ、携わりたいじゃなくて、自分が主体にやれがいいんだ。っていまは具体的に何も思いつかないけどそういう情熱がぽっと灯ったということは記録として書いておく。いつか、「あ、あのときのこの情熱がここに結び付いたか!」と思うことがあるような気がして。ないかもしれないけど。

02.20.2020

衛生面や関係性の問題、はたまた睡眠の質への影響など、犬と寝ることは賛否両論あるが、わたしはいま犬たちと相方とみんなで寝る時間がしあわせすぎて否の意見は耳に入らないほどである。二頭同時に飼うことで、彼(犬)らは群れで生活する動物なのだということが実感としてわかったし、みんなで寝るという行為もまた群れで生活するうえでの自然な形なのではないかと思うようになった。わたしと相方も、犬たちにとっては同じPack(群れ)に属するから、同じ場所でまとまって寝るのは自然なのではないかと。リーシュをつけなくても(本当はダメです)、そこらじゅうかけずり回っても、基本的には我々と付かず離れずの距離にいて、呼べば帰ってくる。それはしつけができているとか主従関係がしっかりしているとかそんな理由じゃなくて、群れで行動することが彼らの本能で、単に群れからはぐれることはしたくないというだけなんじゃないかと。小学生の頃、人生で初めて飼った犬は、外の庭でずっと鎖につないでいて、散歩のときだけ一緒だった。昭和の当時の日本ではそれが一般的な犬の扱いだったのだ。そのときの犬は鎖を外そうものならそそくさと逃げ出し、呼んでも帰ってこなかった。犬ってそういうものだと思っていたけれど、本当は群れで生活する彼らに群れらしい生活を与えていなかったからなんだ、きっと。知らなかったとはいえ、本当にごめん。とりあえず、いまは元気いっぱいの3歳ラブラドールミックスと1歳テリアミックスが毎日いろんなことをしでかしてくれ、怒りながらも笑いがいっぱいで、ここに猫(わたしの希望)とニワトリ(相方の希望)が加わったら、憧れのムツゴロウライフにちょっと近づけるななどと思っている。

02.19.2020

noteでサトナオさんがシェアしていた、アニキサスアレルギーで寿司職人を引退した方のブログがよかった。あと、朝日新聞デジタルに寄稿された、夫・藤田宣永さんを亡くした小池真理子さんの文章がすばらしかった。寿司職人りょうすけさんは、心の持ちようがすばらしいと思ったし、その心の持ちようを誰もがわかるような文章にしてまとめているところもすばらしいと思った。小池さんはさすが作家で、寂しくて言葉が見つからないと言いながら、それでも作家の目で物事を見て、作家の言葉を書いていると感じた。私は表面ばかりきれいで中味のない言葉は苦手。逆に並ぶ言葉は平易だけども、その人の生き様やありようがなければ発せられないような文章が好き。今日はお二人の美しい文章に心が洗われた。