人生の目的は幸せになることだとわたしは信じています。
幸せは心の状態だから、病気であっても、貧乏であっても、環境がどうであっても幸せになれる、とも信じています。
が、先日、いわゆる希少疾患の難病と診断されている若い女の子と会ったことで、わたしは考え込んでしまいました。
人生の目的が幸せになることだとしたら、なぜ彼女は体の自由がきかず一人で好きなときに好きなことができない、効果的な治療法を見つけらずどうしていいかわからない、という状況にいなければいけないのだろう?
他の人には理解されにくい病気を持っていることでの孤独と悲しみ、治したくて20年以上も葛藤しているのに改善しないことへの混乱がありながら、彼女はあくまでも前向きであることが感じられたので、なおさらわたしは疑問に思ったのだと思います。
なぜこんなに真摯に人生に取り組んでいる人にこんなに難しい課題が与えられるのだろう?
前世のカルマだ、そう言ってしまうのは簡単だけど、たとえカルマだとしても、ただカルマに翻弄されて終えなさいということを神様がすると思えないのです。
それで、わたしはユニバースに問いを投げ入れました。
「人生の目的は幸せになることじゃないの? そうじゃないとしたら、何なの?」
問いは、投げ入れたらしばらく放置しておくのがコツです。
だって、潜在意識の領域(ユニバース、もしくはそこと繋がっている高位の自分)に答えを求めているから。
すぐに出てくる答えはもう顕在意識にのぼっていることで、そこじゃないところにリーチしたいのです。
で、このときの答えは、すっかり忘れていた数日後にきました。
何を検索していたか忘れたけれどひすいこうたろうさんのこのブログポストにヒットしたのです。
今年の2月のもので少し古いですが一部引用させてください。
「幸せ」になるのは入り口であり、
その先に幸せを超える世界がある。自分が主人公の物語。
その物語のために通らなきゃいけない不幸があるなら、
不幸上等、それを受けてたつことだって必要。
幸不幸じゃない、運不運じゃない。
それを超えた先にある、自分の物語をやり抜き
新しい自分に出逢うことこそ本命。
自分は何者か知り
宇宙の可能性を一人一人が体現する世界を創造していくことこそ本命。
幸せになることが本命じゃない。
大変僭越ながら自分の言葉に意訳すると、「魂の望みをやり抜くこと」が人生の目的だとわたしは理解しました。
それに当たっては「なんでこんな目に」というような物語を通り抜けなきゃいけないこともある。でも、それが魂の望みなら、やり抜くことが結果的には至福であり、やり抜くことで無限の可能性である宇宙と繋がっている自分と出会うのです。
ヨガでいうと「Tat tvam asi(汝はそれである)」、つまり「あなたがブラフマン(宇宙の本質)」です。
そのことを情報として「知っている」だけじゃなくて、自分の物語として「体験する」ために私たちは生きているのです。
もし頭の中が「?」だらけになったらごめんなさい。でも、このブログにたどり着いているからにはあなたの魂もそこを思い出したいし、思い出すだけじゃなくて体験したいはずだってわたしは本気で思っています。
こうやって暑苦しく語るわたしも、自分が宇宙の本質であるってことをよく忘れて混乱してます。けれど、離れたときにすぐに気づけるようになってきたし、繋がり直すためのツールも気づけばたくさんいただいてきました。
ヨガやIHもその強力なツール。
そのツールを使って魂の望みをやり抜く過程に立ち合わせてもらえることがわたしの喜び。そして、皆さんと無限の可能性があるというところから共に世界を創っていくことが夢です。
一緒にいきましょう、幸せを超えた、その先へ。
では、またヨガクラスで、ヒーリングセッションで、はたまたこのブログでお会いしましょう。
Let your light rise & shine.
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