最近、バウンダリー(境界線)の課題を抱えている方のセッションをさせていただくことが多いです。
バウンダリーとは、自分と他者とのあいだにある心理的な境界線のこと。この境界線がうまく機能していないと、さまざまな形で人間関係に影響が出てきます。
わたしのところにいらっしゃる方に多いのは、自分の思っていることを言えない、というケースです。
いや、思っていることを言えない、と自覚しているならまだいいと言えるかもしれません。
思っていることを言えないから(でもそれに気づいていないから)、人といると疲れる。だからから人が嫌い、そう感じている方もいます。あるいは、思っていることを言えないから(でもそれに気づいていないから)、些細なことをきっかけにあるとき突然、「なんでわかってくれないの!」と近しい人に対して怒りや悲しみが爆発してしまう、ということもあります。
人にはそれぞれの背景があるので、一般化はできませんが、そういう方の多くは、幼い頃、自分の気持ちを尊重されなかった経験を持つ方が少なくありません。
自分の気持ちを言おうものなら、状況がかえって悪くなる。だから、自分が思っていることは言わないようになった。
それが当たり前になると、やがて自分が何を感じているのか、本当は何を言いたいのか、それさえわからなくなっていきます。
そういう方が自分の「声」を取り戻していくための第一歩は、自分の内側にある気持ちとのつながりを取り戻すこと。
ところが、そこはあくまではじまりでしかありません。
自分が何を感じているのか、本当はどうしたいか、少しずつわかってくると、今度はそれを人に伝えることができない、外に向かって表現することができない、というジレンマを抱えるようになります。
そのような場合、セッションを通してわたしが感じるのは、自分の気持ちなり思いを表明することと、相手にそれを要求することが、混同されている、ということです。
たとえば、「わたしはそれが嫌だから、やめてほしい」と伝えること。
本来、これは自分の望みを相手に伝えているだけです。それをどう受け取り、どう応じるかは相手が決めることです。
頭では、そんなことはわかっているかもしれません。それでも伝えることができないのは、怖いからかもしれません。
自分の気持ちを伝えて、受け止めてもらえなかったら?
相手にわかってもらえなかったら?
その怖さは、意識のうえですっかり忘れている、幼い頃に経験した怖さと重なっているのかもしれません。受け入れてもらえない悲しさ。拒絶される恐怖。無視される絶望。もうあんな思いはしたくない。もう傷つきたくない。言った自分が悪かったのだとまた思わされるのはもうこりごり。なら何も言わないほうがマシ。
そう分析していくと、怖くて言えない、もしくは言わない選択をするのは自然なことにも思えます。
だから、そういうときは無理に怖さを乗り越えようとしなくてもいい、とわたしは考えています。
まずは自分が何を怖がっているのかを認めてあげる。
怖くて当然かもしれない。そうしなければ自分を守れないのかもしれない。そんな自分の一部を、無理やり手放そうとするのではなく、理解する目で見てみる。
そんなふうに、自分の内側にあるものを否定せずに見つめていると、ふっと体の緊張がゆるむことがあります。緊張していたとは気づかなかったくらいのわずかな、でもたしかな緩み。
そうして少し余裕が生まれると、いきなり声高に自分の気持ちを話すことはできなくても、「あの人にならできるかも」とか、「こういう場合ならできるかも」と自然に思えることも少なくありません。そしたら、そういうときだけちょっとやってみる。そんな小さな一歩からでいいのだと思います。
とはいえ、こうしたワークは、一人でやるのはしんどいことが多いです。自分の内側にあるものを安心して見つめるためには、鏡になってくれる人や、その場を支えてくれる人がいたほうがいいとよく言われるのはそのためだと思います。
IHヒーリングは、こうしたワークをプラクティショナーとともに深めることができる、とてもパワフルなヒーリングだと、わたしは感じています。